似た者同士の契約婚 ~結婚しないと宣言した日に出会った相手は、不眠の心臓外科医でした~
 ようやく嵐が去ったとため息をつくと、隣の梨子がものすごく顔をしかめていた。

「なんなんですか! 村上さんって前はもっと爽やかマッチョって感じの人だったのに、本当に性格悪い! 美空さん、気にする必要ないです! っていうか、私のせいで本当にすみません……」
「気にしないで。梨子ちゃんのせいじゃない。洋介が言った通り、お金が合わなかったのは私のミスだし」
「でもっ……」

 梨子はなにか言いたげだったが、美空は微笑んで落ち着かせた。

(たぶん誰かがお金を抜いたのよ。おそらく洋介が……。だから監視カメラを見るのを嫌がったんでしょうけど)

 けれど確かめる術もない。
 監視カメラを確かめるにはマネージャの許可が必要だ。ことなかれ主義の彼は、きっと許可しないだろう。

(今は大人しくしておくのが最善ね)

 ただでさえ、洋介との揉め事で皆に疎ましがられているのだから、これ以上問題を大きくしたくなかった。

「さあ、もう一応解決したことだし、終礼行こう」
「もー、美空さん大人すぎますよー」

 まだ不満げな梨子をなんとか宥めて控え室へと向かった。

(お荷物、か)




 その日の帰り。美空はぼんやりと帰り道を歩いていた。

『お前! 何も出来ないお荷物だってこと、忘れるなよ!』

 洋介の言葉が耳に纏わりついている。

『貴女はお荷物でしかないわ!』

 昔、同じような事を言われたことがある。
 理学療法士の実習中に、ヴァイザーの先輩から投げかれられた言葉のひとつだ。

(頑張ってるつもりだけど、私って……。いやいや、あの人達は私を憎んでるからそう言ったのよ)

 なんとか自分を鼓舞してみるが、そう言わせる隙があるのは事実だ。
 そう思うと、彼らの言葉が胸に刺さって抜けなかった。

「ただいま帰りました」

 まだ見慣れぬ扉を開けてそっと声をかけるが、返事はない。
 靴もないからまだ優斗は帰っていないようだ。

(朝も早かったのに、まだお仕事なんだ。一人か……)
 
 こんな日は一人でいたくないのに。
 そんな甘えた考えが一瞬だけ頭をよぎり、思わず頬を強く叩いた。

「優斗さんは一生懸命お仕事しているっていうのに、何考えてるのよ!」

 情けなさと同時に、勝手に頼りにしようとした罪悪感がわき上がる。

(ごめんなさい優斗さん。お詫びに夕飯は作っておきます)

 荷物を部屋に置いてキッチンに立つ。
 ピカピカに磨かれたシンクは、ほとんど使われている形跡がなかった。

 食材は好きに使って良いと言われていたため、遠慮なく冷蔵庫を開ける。

「何にしようかな。……ってほとんど何も入っていないじゃない! そりゃそうか」

 これだけ忙しいのだから、優斗はいつも外で食べてくるのだろう。
 そう考えた美空は、冷蔵庫の隅に転がっていたトマトを手に取った。多少しなびているが、まだ食べられそうだ。

(確か、持ってきた荷物の中にサバ缶くらい入ってたはず)

 部屋に戻って棚を探ると、ツナ缶やらサバ缶がゴロゴロと出てきた。
 サバ缶をひとつだけキッチンに持って戻り、トマトを炒めていく。幸い調味料は揃っていたため、適当に味を整える。

「後は……げっ、ご飯もないのか。何かないかなー。おっ、マカロニパスタある。拝借しよ」

 さっと茹でて先程のサバ缶のトマト炒めとからめて完成とした。

 広々としたリビングで一人テーブルにつくと、落ち着かない気分になる。

(家主のいない間に好き勝手しすぎたかしら? で、でもトマトだって腐るよりマシよね? ちゃんと優斗さんの分も作りましたからっ!)

 そわそわと心の中で優斗に告げてから「いただきまーす」と小さく呟いた。
 手を合わせて食べ始めると、爽やかな酸味と鯖味噌のコクが口に広がる。

(あー疲れた身体に沁みる)

 無心で調理して、それをじっくり味わう。
 美空の気持ちは少しだけ上昇していた。



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