似た者同士の契約婚 ~結婚しないと宣言した日に出会った相手は、不眠の心臓外科医でした~
「ごちそうさまでした」

 食べ終わって食器を片付けると、残ったパスタにラップをかける。
 テーブルの真ん中に置き、簡単な書き置きを添えておいた。優斗が帰ってきたらきっと気がつくだろう。

 シャワーを浴びてストレッチをしていると、二十三時を過ぎていた。

(もう寝なきゃ。優斗さんはまだ帰ってこないのか。さすがに連続で当直はないと思うんだけど)

 家主である優斗のいないこの家で、一人で眠るのはなんだか申し訳ない気持ちになる。
 この広い家を独占しているような気がしてくるのだ。
 
(お帰りなさいの挨拶くらいはしたかったけど、無理ね)

 ベッドに横になると疲労感がどっと押し寄せる。
 美空はそのままあっという間に眠りに落ちてしまった。


***


『そこに立たれると邪魔。わざとやってんの?』
『ついてこないでくれる? 患者様に会わせたくないわ』
『なんで私があんたの世話なんかしなきゃいけないの!』

 ぼんやりとした意識の中、思い出したくもない声が聞こえる。
 必死に目を閉じて耳を塞ぐが、キンキンと甲高い声はどんどん近づいてくる。

(聞きたくないっ。もう止めて!)

『お前、何も出来ないお荷物だってこと、忘れるなよ!』

 気がつくと洋介の声に変わっていた。
 怒鳴られた瞬間、身体がびくりと震える。

 恐る恐る目を開けると、美空はベッドの上にいた。

「夢? ……最悪」

 もぞもぞと身体を起こしてスマホを確認すると、もう深夜の二時を過ぎていた。背中の汗が気持ち悪い。
 もう一度目を閉じるが、中途半端に覚醒した身体はもう眠ってくれそうになかった。

 仕方なく着替えてベッドを抜けて部屋を出る。真っ暗な廊下を通ってキッチンで向かった。

(水でも飲んで一回リセットしよ)

 キッチンの電気をパチンとつけると、奥のリビングに人影が見えた。

「っ……! ゆ、優斗さん?」

 叫びそうになったのを抑えながらそっと声をかけると、人影が振り向いた。
 その人影は疲れた顔をした優斗だった。

「あぁ、美空か。どうした? 眠れないのか?」
「ちょっと夢見が悪くて起きてきまいました。水でも飲もうかと」
「そうか」

 キッチンまでやってきた優斗は、心なしかさっきより表情が柔らかい。

「そうだ、夕食ありがとう。美味かったよ」
「いえ、こちらこそ食材をありがとうございました。また買い足しておきますね」
「助かるよ。冷蔵庫は好きに使ってくれていいから」
「ありがとうございます」

 美空は水を飲んだコップを片付けて寝室に戻ろうとしたが、ぼんやりと立ち尽くしている優斗が気になった。

「もしかして、眠れないのですか?」
「あー……うん。そうなんだ」

 そっと尋ねると、優斗は苦笑して頷いた。
 もしかしたらいつも眠れないのだろうか。ついつい気になって、彼のことをじっと観察してしまう。
 すると優斗が「美空は?」と口を開いた。

「夢見が悪いって言ってたけど大丈夫か?」

 その口調は柔らかく、心配そうだった。
 彼自身も疲れているというのに、心配させるのが申し訳なくなる。
 美空はにっこりと口角をあげた。

「ちょっと昔の夢を見ただけなんです。もう全然平気ですから!」

 わざとらしい反応に優斗は何か言いたげだったが、「それなら良いんだ」と微笑んだ。

「俺はもうしばらく起きてるつもりだから、気にしないで寝てくれ」

 いつもの微笑み。
 けれど、どこか辛そうな彼の態度に、美空は思わず「あのっ」と口を開いた。

「……えーっと、一緒にヨガとかストレッチでもどうですか? よく眠れるやつ、教えますよ」

 ぽかんとしている優斗に「ほら、私一応インストラクターなんで!」と言うと、彼はふっと微笑んだ。

「ストレッチか、悪くない。じゃあご指導よろしくお願いします」



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