似た者同士の契約婚 ~結婚しないと宣言した日に出会った相手は、不眠の心臓外科医でした~
(そう考えると美空は俺にとって救いの女神だな)
彼女の事を考えると心がスッと軽くなる。あの笑顔が早く見たかった。
(さっさと用事を済ませて帰るとしよう)
気持ちを切り替えて実家に足を踏み入れると、台所へと通された。
そこには母だけがいた。何かの作業をしており、振り返ることさえしない。
「やっと来たわね」
「急に連絡してきて何?」
「あなた美空さんとは上手くやっているの?」
優斗の母は質問には答えず、逆に優斗を問いただした。
「やってるよ。最近彼女のおかげで体調も良いくらいだ」
すると母は「そう」と呟き、ようやく振り返った。
「病院のことは貴方に一任することになっているけれど、どうするつもり」
「何? 父さんの差し金?」
「いいえ。私が気になったから聞いているの。いけない?」
「別に。……小野リハビリ総合病院とは普通の業務提携をしようとしてるよ。法人の傘下に入れるつもりはない」
優斗の答えに母が小さくため息をつく。その態度に優斗は少々苛立ち始めていた。
「だったら美空さんはどうするつもり?」
「何が?」
「美空さんは仁美さんとは違って、うちの事情を知らないのでしょう? 元婚約者の家と業務提携だなんて、彼女にしてみれば良い気持ちはしないはず。……距離感を誤れば、彼女からの信頼を失いますよ。あの子を手放すのは惜しいのでしょう?」
「……え?」
母からの思わぬ言葉に優斗は面食らった。てっきり仁美の方が良いという話をされるのだと思っていたのだ。
「母さんは、美空との結婚を認めてるわけ?」
優斗が思わず尋ねると、母は怪訝な顔をした。
「認めるも何も……貴方が見つけてきた結婚相手に不満はないわ。結婚まで急すぎたのが気になったけれど、どうせ貴方が押しきったのでしょう?」
「まあ、そうだけど」
「だったら美空さんに非はないもの。いい? 美空さんの味方でいなさい。そしてきちんと会話をなさい。そうすれば、どんな決断をしても美空さんは納得してくれるでしょう。……私がこの歳まであの人に寄り添えたのは、あの人がこの家でずっと味方でいてくれたからよ。今の貴方にとっては頭の固い父親かもしれないけれどね」
目の前にいる母は、母であり、父の妻だった。
「この話のために呼んだのか?」
「結婚したばかりの息子を心配したらいけない? それと……」
優斗の母はキッチンに置かれていた竹皮の包みを差し出した。
「頂き物のお肉。うちでは多すぎるから持って帰ってちょうだい」
「こっちが本命ってことね。ありがたく貰っとく」
優斗が受けとると、母はふっと表情を緩ませた。
「ふふっ。あのね、あの人だって、本当は貴方の結婚を喜んでいるのよ。でも自分の計画が白紙になって戸惑っているの」
「そんな可愛げがあるようには見えないけど?」
「あの人の可愛いところは私しか見えないのよ」
「ああ、そうですか」
そうだ。母は昔からそういう人だった。
優斗は結婚騒動で忘れかけていた母の性格を思い出した。厳格で真っ直ぐで、家族をずっと愛している。
(敵わないな)
帰ろうとすると、優斗の母は「そういえば」と言葉を続けた。
「美空さんにお返事を書いたわ。彼女、本当に良い娘ね。おかげで息子に話をする機会が出来たもの」
「返事? 何のこと?」
「あら、知らない? 素敵なお手紙をいただいたのよ? 貴方のことが知りたいんですって。自分から教えてあげないと、私が全部教えてしまいますからね」
母のとんでもない発言に唖然としていると、「それじゃあね」と美空宛のメッセージカードを渡され、強引に帰されてしまった。
(美空が母さんに手紙を? あんな態度だった我が家に? ……彼女にも敵わないのかもな)
美空の寛容さと度胸に感嘆して内心苦笑する。
(美空がいてくれて良かった)
そして、ふと気がついた。
単なる契約結婚した間柄なのに、いつのまにか誰よりも親密になっていたこと。
彼女のひたむきさに好意を抱いていること。
「好きだと伝えたら、美空は困るだろうか?」
互いの問題が解決したら離れてしまう関係。
今はまだ、壊したくなかった。
彼女の事を考えると心がスッと軽くなる。あの笑顔が早く見たかった。
(さっさと用事を済ませて帰るとしよう)
気持ちを切り替えて実家に足を踏み入れると、台所へと通された。
そこには母だけがいた。何かの作業をしており、振り返ることさえしない。
「やっと来たわね」
「急に連絡してきて何?」
「あなた美空さんとは上手くやっているの?」
優斗の母は質問には答えず、逆に優斗を問いただした。
「やってるよ。最近彼女のおかげで体調も良いくらいだ」
すると母は「そう」と呟き、ようやく振り返った。
「病院のことは貴方に一任することになっているけれど、どうするつもり」
「何? 父さんの差し金?」
「いいえ。私が気になったから聞いているの。いけない?」
「別に。……小野リハビリ総合病院とは普通の業務提携をしようとしてるよ。法人の傘下に入れるつもりはない」
優斗の答えに母が小さくため息をつく。その態度に優斗は少々苛立ち始めていた。
「だったら美空さんはどうするつもり?」
「何が?」
「美空さんは仁美さんとは違って、うちの事情を知らないのでしょう? 元婚約者の家と業務提携だなんて、彼女にしてみれば良い気持ちはしないはず。……距離感を誤れば、彼女からの信頼を失いますよ。あの子を手放すのは惜しいのでしょう?」
「……え?」
母からの思わぬ言葉に優斗は面食らった。てっきり仁美の方が良いという話をされるのだと思っていたのだ。
「母さんは、美空との結婚を認めてるわけ?」
優斗が思わず尋ねると、母は怪訝な顔をした。
「認めるも何も……貴方が見つけてきた結婚相手に不満はないわ。結婚まで急すぎたのが気になったけれど、どうせ貴方が押しきったのでしょう?」
「まあ、そうだけど」
「だったら美空さんに非はないもの。いい? 美空さんの味方でいなさい。そしてきちんと会話をなさい。そうすれば、どんな決断をしても美空さんは納得してくれるでしょう。……私がこの歳まであの人に寄り添えたのは、あの人がこの家でずっと味方でいてくれたからよ。今の貴方にとっては頭の固い父親かもしれないけれどね」
目の前にいる母は、母であり、父の妻だった。
「この話のために呼んだのか?」
「結婚したばかりの息子を心配したらいけない? それと……」
優斗の母はキッチンに置かれていた竹皮の包みを差し出した。
「頂き物のお肉。うちでは多すぎるから持って帰ってちょうだい」
「こっちが本命ってことね。ありがたく貰っとく」
優斗が受けとると、母はふっと表情を緩ませた。
「ふふっ。あのね、あの人だって、本当は貴方の結婚を喜んでいるのよ。でも自分の計画が白紙になって戸惑っているの」
「そんな可愛げがあるようには見えないけど?」
「あの人の可愛いところは私しか見えないのよ」
「ああ、そうですか」
そうだ。母は昔からそういう人だった。
優斗は結婚騒動で忘れかけていた母の性格を思い出した。厳格で真っ直ぐで、家族をずっと愛している。
(敵わないな)
帰ろうとすると、優斗の母は「そういえば」と言葉を続けた。
「美空さんにお返事を書いたわ。彼女、本当に良い娘ね。おかげで息子に話をする機会が出来たもの」
「返事? 何のこと?」
「あら、知らない? 素敵なお手紙をいただいたのよ? 貴方のことが知りたいんですって。自分から教えてあげないと、私が全部教えてしまいますからね」
母のとんでもない発言に唖然としていると、「それじゃあね」と美空宛のメッセージカードを渡され、強引に帰されてしまった。
(美空が母さんに手紙を? あんな態度だった我が家に? ……彼女にも敵わないのかもな)
美空の寛容さと度胸に感嘆して内心苦笑する。
(美空がいてくれて良かった)
そして、ふと気がついた。
単なる契約結婚した間柄なのに、いつのまにか誰よりも親密になっていたこと。
彼女のひたむきさに好意を抱いていること。
「好きだと伝えたら、美空は困るだろうか?」
互いの問題が解決したら離れてしまう関係。
今はまだ、壊したくなかった。