似た者同士の契約婚 ~結婚しないと宣言した日に出会った相手は、不眠の心臓外科医でした~
「仁美と会ったって聞いたよ。……色々黙ってて本当にごめん」
「……仁美さんと結婚するんですか?」

 美空がずっと聞きたかった言葉が、するりと口からこぼれ落ちた。
 優斗は目を丸くしてしばらく固まっていたが、「まさか!」と声をあげた。

「そんなはずないだろう? 彼女との結婚を避けるために協力してもらったのに」
「じゃあ小野さんの病院はどうなるんですか? あかつき総合医療センターだって……!」
「今、小野さんと業務提携の話を進めているから心配しないで」

 思っていたのと違う回答に、美空は目をしばたかせた。

「そ、そうなのですか?」

 美空が尋ねると優斗は力強く頷き、二つの病院の状況を簡潔に説明してくれた。
 互いに何が足りなくて、どんな目的で仁美との結婚話があがったのかについても。

「……彼女との婚約を破棄した時から、小野さんとはずっと話し合ってきたんだ。あと少しで話もまとまる。だから心配は要らない。それより……俺が仁美と結婚すると思ったから避けてたのか?」
「だって! 優斗さんと別れたくなくて……。わ、分かってるんです。私たちは単なる契約関係だって。でも、私……優斗さんのこと、好きになってしまったんです。ごめんなさい」

 美空は全てを打ち明けて俯いた。

(言ってしまった。もう終わりになっても仕方がない)

 契約関係なのに好意を寄せてしまった。優斗にとって気分の良い話ではないはずだ。
 仁美と結婚する気がなくても、誰でも良い訳ではないのだから。

 ところが――。

「なんで謝るんだ?」
「え? だって……」
「俺も美空が好きだ。先に言おうと思ったのに、参ったな」

 顔をあげると、優斗が照れたようにはにかんでいる。
 美空は状況が飲み込めなかった。

(優斗さんが、私を、好き?)

「本当、ですか?」

 ちゃんと尋ねたいのに、声がかすれて虫が鳴くような囁き声が漏れる。
 それでも優斗は「本当だよ」と笑みを浮かべた。

「仁美との騒動から俺を救ってくれた。眠れなかった俺を助けてくれた。それだけじゃない。美空はいつも俺のことを見て、気にかけてくれる」
「そ、それは普通のことだと思いますけど」

 人として当然のことを言われ、思わず言葉を返してしまう。
 すると優斗は「本当にそう思ってるのか?」と苦笑いを浮かべた。

「それを普通に出来る美空だから、良かったんだよ。さっきだって俺の心配してた。自分だって色々あって眠れないくらい悩んでたのに」
「それはっ、優斗さんが心配だから……好きな人には元気でいてほしいんです」

 優斗は「ほらな?」と言いながら跪いて美空を見上げる。
 その瞳には温かい光が宿っていた。

「俺のこと、一人の人として尊重してくれてありがとう。いつも君に救われてた」

 優斗の瞳に自分が映っている。
 もうそれだけで、美空は気持ちが抑えられてなかった。

「それは私もです! いつも仕事で辛いことがあっても、優斗さんが頑張ってるから、私も頑張ろうって思えたんです。私、鬱陶しがられることが多かったんですけど、優斗さんが私に「ありがとう」って言ってくれる度に「して良かったんだ」って思えたんです。今日だって、話をするためにジムにまで来てくださって、私の悩みをあっという間に解決しちゃうし……本当に感謝しているんです!」

 美空が正直に気持ちを全て吐き出すと、優斗は嬉しそうに微笑んだ。
 そして楽しそうに「感謝だけ? 好きは?」と首を傾げた。

「も、もちろん好きです!」

 前のめりに答えると、美空はそのまま抱き締められた。

「愛してる。もう結婚しているけど、契約ではない関係を築きたい」

 真っ直ぐな言葉に美空はこくりと頷いた。
 目から勝手に涙が落ちる。

「私も、優斗さんのこと愛してます」

 そして二人は見つめ合い、ゆっくりと口づけを交わした。

「ここ数日、美空と会えなくておかしくなりそうだった」

 優斗が身体を離し、美空の両手をするりと絡め取る。
 両手を握られて見つめられると、抱き締められるより気恥ずかしい。

「だって、仁美さんのところへ行ってしまうかもって……怖かったんです」
「これからは何でも話すから。もう絶対、不安にさせない」

 優斗の柔らかく芯のある声に小さく頷くと、彼は微笑んで美空の左手に唇を落とした。

「だから美空もそばにいてくれ」
「はい。……夢みたい」
「美空を愛してるよ。これは夢じゃない」

 二人はコツンと額を寄せ合い、そしてもう一度キスをした。




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