似た者同士の契約婚 ~結婚しないと宣言した日に出会った相手は、不眠の心臓外科医でした~
午後になると、梨子はシフトを終えて帰っていった。
『明日は私午後からなので、またご一緒しましょう! お疲れさまでした!』
美空の事情を深くは聞かず、ニコニコと接してくれた梨子がいなくなると、受付ブースが広く感じられる。
平日の昼過ぎということもあって客もまばらだ。美空は密やかにため息をついた。
すると背後から可愛らしい声が降ってきた。
「受付さーん。十五時からのピラティス教室だけど、体験希望の人いるー? ……って、美空先輩じゃないですか。本当に受付やってるんだあ」
「後藤さん……」
後藤真美(ごとう まみ)――洋介の浮気相手だった後輩だ。
後藤は美空を上から下までジロジロと見つめると、吹き出すように笑いだした。
「ふふっ、そんなに睨まないでくださいよー。洋介とのこと、怒ってるんですか?」
「怒ってないわ。貴女のせいじゃないし、もう彼とは別れたから」
美空が精一杯の微笑みを浮かべると、後藤はきょとんとした表情を見せた。
そして面白そうに口角を上げて美空に近づいた。
「へぇ、もっと洋介に縋るのかと思ってました。聞いてた話とちがーう。先輩って意外と良い女だったんですねぇ」
「どうも」
「あぁ、別に私はあいつとは付き合ってませんよ? だって、付き合うにはもっと誠実な人がいいですもん」
「そう」
後藤のことはなんとも思っていなかったが、浮気現場を目撃したのだから好意もない。
ぺらぺらと話す内容に興味はなかった。
(早く終わってくれないかな)
上げっぱなしの口角が筋肉痛になりそうだ。
美空はパソコンで予約状況を確認するため後藤から視線をそらした。
「今日のピラティスに体験予約はないわ。だからもう……」
仕事に戻りなさい。そう言おうとした瞬間、後藤が美空の耳に顔を近づけてきた。
「洋介から聞いた話と違いすぎて可哀想なんで、一つだけ忠告してあげます。洋介の勘違いを放っておくと、大変なことになりますよ。彼、まだ先輩と付き合ってる気でいますからね」
「は? 今なんて……」
美空が顔を上げると、後藤は「やっとこっち見てくれましたねー」とにんまり口角をあげた。
「あいつは思い込み激しいし、束縛強くてヤバいってことです。私は先輩への当て馬だったってこと。逃げるなら徹底的に逃げないと、捕まっちゃいますよ」
ひそひそと耳打ちされた内容は、本当に忠告のような内容だった。
「なんで私にそんなアドバイスをするの?」
「先輩が思ったより良い女だったからって言ってるじゃないですかー。それに、洋介ムカつくんで。私のこと、当て馬にしたんですよ? 思い通りになってほしくないんです。この乙女心、分かりませんか?」
「よく分からないわ」
後藤が面白そうに言うものだから、美空は正直に返した。
すると彼女はますます面白そうに微笑んだ。そこに棘はなかった。
「分からなくて良いです。とにかく、洋介とヨリを戻す気がないなら頑張って逃げてくださいね」
「そんなの、どうやって……」
「新しい恋人を作れば良いんじゃないですか?」
「そんな簡単に言われてもね」
美空がため息をつくと、後藤は満足したように「ちゃんと言いましたからねー」と言いながら去っていってしまった。
(なんなの? マネージャーも話し合えって言ってたし……)
後藤の言葉が頭の中で何度も繰り返される。
「別れ話、二度もしたのに伝わっていなかったってこと? まさかね……」
肝心な洋介に確認したくても、今日は彼とシフトが被っていない。
けれど、わざわざ自分から『私達って別れたよね?』と連絡するもの未練があるみたいで憚られた。
(今度シフトで被ったら聞いてみるか……)
正直、もう話なんてしたくないけれど、仕方がない。
美空はうんざりした表情が顔に出ないように前を向いた。
『明日は私午後からなので、またご一緒しましょう! お疲れさまでした!』
美空の事情を深くは聞かず、ニコニコと接してくれた梨子がいなくなると、受付ブースが広く感じられる。
平日の昼過ぎということもあって客もまばらだ。美空は密やかにため息をついた。
すると背後から可愛らしい声が降ってきた。
「受付さーん。十五時からのピラティス教室だけど、体験希望の人いるー? ……って、美空先輩じゃないですか。本当に受付やってるんだあ」
「後藤さん……」
後藤真美(ごとう まみ)――洋介の浮気相手だった後輩だ。
後藤は美空を上から下までジロジロと見つめると、吹き出すように笑いだした。
「ふふっ、そんなに睨まないでくださいよー。洋介とのこと、怒ってるんですか?」
「怒ってないわ。貴女のせいじゃないし、もう彼とは別れたから」
美空が精一杯の微笑みを浮かべると、後藤はきょとんとした表情を見せた。
そして面白そうに口角を上げて美空に近づいた。
「へぇ、もっと洋介に縋るのかと思ってました。聞いてた話とちがーう。先輩って意外と良い女だったんですねぇ」
「どうも」
「あぁ、別に私はあいつとは付き合ってませんよ? だって、付き合うにはもっと誠実な人がいいですもん」
「そう」
後藤のことはなんとも思っていなかったが、浮気現場を目撃したのだから好意もない。
ぺらぺらと話す内容に興味はなかった。
(早く終わってくれないかな)
上げっぱなしの口角が筋肉痛になりそうだ。
美空はパソコンで予約状況を確認するため後藤から視線をそらした。
「今日のピラティスに体験予約はないわ。だからもう……」
仕事に戻りなさい。そう言おうとした瞬間、後藤が美空の耳に顔を近づけてきた。
「洋介から聞いた話と違いすぎて可哀想なんで、一つだけ忠告してあげます。洋介の勘違いを放っておくと、大変なことになりますよ。彼、まだ先輩と付き合ってる気でいますからね」
「は? 今なんて……」
美空が顔を上げると、後藤は「やっとこっち見てくれましたねー」とにんまり口角をあげた。
「あいつは思い込み激しいし、束縛強くてヤバいってことです。私は先輩への当て馬だったってこと。逃げるなら徹底的に逃げないと、捕まっちゃいますよ」
ひそひそと耳打ちされた内容は、本当に忠告のような内容だった。
「なんで私にそんなアドバイスをするの?」
「先輩が思ったより良い女だったからって言ってるじゃないですかー。それに、洋介ムカつくんで。私のこと、当て馬にしたんですよ? 思い通りになってほしくないんです。この乙女心、分かりませんか?」
「よく分からないわ」
後藤が面白そうに言うものだから、美空は正直に返した。
すると彼女はますます面白そうに微笑んだ。そこに棘はなかった。
「分からなくて良いです。とにかく、洋介とヨリを戻す気がないなら頑張って逃げてくださいね」
「そんなの、どうやって……」
「新しい恋人を作れば良いんじゃないですか?」
「そんな簡単に言われてもね」
美空がため息をつくと、後藤は満足したように「ちゃんと言いましたからねー」と言いながら去っていってしまった。
(なんなの? マネージャーも話し合えって言ってたし……)
後藤の言葉が頭の中で何度も繰り返される。
「別れ話、二度もしたのに伝わっていなかったってこと? まさかね……」
肝心な洋介に確認したくても、今日は彼とシフトが被っていない。
けれど、わざわざ自分から『私達って別れたよね?』と連絡するもの未練があるみたいで憚られた。
(今度シフトで被ったら聞いてみるか……)
正直、もう話なんてしたくないけれど、仕方がない。
美空はうんざりした表情が顔に出ないように前を向いた。