あの日の君へ

第七話 思い出


プップー


鳴らされるクラクション。

会社の前には、少し古い白のセダンが停まっていた。

近寄ると、運転席の窓が少し開く。

「乗って」

結衣は、言われたわけでもないのに、後部座席に乗り込んだ。

「なんで後部座席」

慶が笑う。

「だって」

少し落ち着かない結衣。

「まだ会社の人、いるし」

チラ、と窓の外を見る。

慶はそれ以上何も言わず、車はゆっくり走り出した。


最初の信号で止まる。

慶がダッシュボードからMDを取り出した。

「わ! 懐かしい! まだ聴けるの?」

「聴ける。この車、化石だから」

慶が笑う。

結衣はMDを見ながら、少し呆れたみたいに笑った。

「慶ちゃん、昔から物大切にしてたけど、まさか車までこんな古いの乗ってると思わなかった」

「古くて悪かったな」

「別に悪いとは言ってない」

ふふ、と結衣が笑う。

その横顔を見ながら、慶は小さく息を吐いた。

MDを入れると、懐かしいイントロが静かな車内に流れ出す。

「……この曲、懐かしいね」

結衣の言葉に、慶が小さく笑う。

「あー、流行ってたよな。フューチャリング?だっけ」

「ふふ、そうそう」

結衣が窓の外を見ながら笑う。


——あなたとの距離が離れていくほどに


流れてきた歌詞に、結衣の指先がわずかに止まった。

忙しいふりをして。

平気なふりをして。

本当はずっと、置いていかれるのが怖かった。

慶ちゃんが、どんどん遠い世界へ行ってしまう気がして。

「……結衣が東京来たら、一緒に聴こうと思って作ったんだ」

MDの曲名を眺めていた結衣の手が止まる。

ケースには、慶の少し雑な字でタイトルが書かれていた。

あの頃よく聴いた曲。

お互いが設定していた着うた。

どれも、二人の思い出ばかりだった。

「……それをまだ持ってたの?」

「捨てられなかった」

慶が少し照れくさそうに笑う。

「……ずっと仕舞ってたんだけど、やっと聴けた」

結衣の視線が揺れる。


あの頃の私たちは、ただキラキラした未来を夢見ていた。

ずっと一緒にいられると、信じて疑わなかった。


——明日、今日よりもっと好きになる


曲が変わる。

慶ちゃんが少し照れくさそうに笑う。

つられるみたいに、私も笑った。


でも。

あの頃にはもう、戻れないのに。






「もう! 慶ちゃん! ちゃんと漕いで!」

結衣が慌てた声を上げる。

「落ちる落ちる!」

慶が笑う。

「大丈夫だって」

わざとふらつく自転車。

夜風。

遠くで響くカエルの鳴き声。

二人の笑い声。

「ちょ、ほんとやめて!」

結衣が背中を軽く叩く。

「いてっ」

慶が笑った。

その笑い声が、たまらなく好きだった。


——あの頃は、それだけで幸せだった。


窓の外を流れていく東京の景色は、どこまでも眩しくて。

まるで、ここはもうあの街じゃないんだと、言われている気がした。



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