ただいまの先に〜帰る場所〜

第四話 再会



そして、誕生日当日。


「鈴ちゃん、ケーキそっち!」

「はいはい!」

「おいガキ、クリーム舐めるな」

「バレた!?」


店内が慌ただしくなる。

その奥で。

柊は、呆れたようにため息をついた。


「……だから俺、誕生日とか別に」

「うるせー主役」

祐介がぶっきらぼうに返す。

「……お前ら、なんか隠してねぇ?」

ケーキの箱を抱えた鈴が、ぎくりと肩を揺らす。

「え!?な、なんにも!?」

「一番わかりやすいな、お前」

祐介が呆れたように言う。

「鈴ちゃん、顔に全部出るからなぁ」

琥太郎まで笑う。

「うるさいな!」

鈴は頬を膨らませながら、せっせと紙皿を並べた。

「……ほんとに、なんもねぇの?」

柊が訝しげに目を細める。

「ないない」

琥太郎が即答した。

「誕生日祝うだけだって」

「……ならいいけど」

でも。

柊の胸の奥には、ずっと妙なざわつきが残っていた。


「あ、じゃあ私、ちょっと足りないの買ってきますね!」

「え、足りないのなら俺が」

「いいから!柊ちゃんは座ってて!」

バタン、と鈴が出ていく。


——


「いた!先生!」

「神崎さん、やっぱり私」

「ここまできて何言ってるんですか!ほら、ケーキが冷めちゃいます!」

「ケーキは冷めないと思うけど」

美月の手を引きながら、鈴が少し眉を寄せる。

「あー、でも」

「え?」

「その……柊ちゃんの方が、逃げるかも」

美月は少し目を伏せて、小さく笑った。

「その時は、その時かな」

でも。

握った手は、少しだけ震えていた。


——


その頃、店では、琥太郎と祐介がせっせとケーキやお肉をテーブルに運ぶ。

「おい、鈴のやつ、ちゃんと連れてくるんだろうな」

「鈴ちゃんなら大丈夫だと思うけど」


カランカラン


その時だった。

店の扉が、静かに開く。

柊が反射的に顔を上げた。

「鈴、ずいぶん早——」


言葉が、止まる。

鈴の後ろ。

見慣れた長い髪。

忘れられるはずのない、顔。


「……久しぶり。」


「……美月」


2人とも、それ以上の言葉が続かない。

美月は緊張した面持ちで、何か言おうと瞳を揺らす。

柊にいたっては、気まずそうに視線を外したまま顔を上げようとしない。

——上げることが、できないようだった。


「……ほら、先生!そんなところにつったってないで中入って。柊ちゃんも、ほら、座って」

仕方なく鈴がそう声をかける。

「……まぁ、とりあえず飲もう!」

琥太郎が、冷えたシャンパンを運んでくる。


「柊ちゃん」

「柊」

「誕生日おめでとうー!」



気まずそうな2人を除き、柊の誕生日パーティが始まった。



「あー!ヤブ医者、それ私のお肉!」

「いや、お前さっき俺の食べただろ!だからこれは俺のだ!」

「2人とも、お肉で喧嘩しないで」

鈴、祐介、琥太郎のそんなやりとりを見て、美月がふふ、と笑う。

「ヤブ医者?」

「そう!矢吹で医者だからヤブ医者!」

「随分仲良くなったのね」

美月が嬉しそうに笑う。

「美月先生、って呼んでもいいですか!」

「もちろん。沢田先生って呼ばれるより嬉しい」

「美月先生も、これからこの店にいっぱい来てくださいね!柊ちゃんの料理、美味しいんですよ!」

そんなやりとりを耳にしながらも、柊は未だ美月の方を見ようとしなかった。

ドカ 

その隣に座る祐介。

「飲んでるか?主役」

「……」

「そう怖い顔すんなって」

柊の空いたグラスに酒を足す。

「……鈴に話した。」

「……だと思った。」

柊が少し、自嘲気味に笑う。

「あいつ、この日のために準備頑張ったんだぞ。もっと嬉しそうにしろよ」

「……」

柊は何も言わずに、注がれた酒を飲み干す。

「いい子だよな、鈴ちゃん」

「……琥太郎」

琥太郎と祐介は、女子トークに花を咲かせる女性2人を見る。

「……美月な、今日ここに来るの、大分勇気いったと思うぞ」

「当日まで内緒にしてたからな。」

柊の目線が少しだけ、動く。

その目は、鈴の隣で柔らかく笑う美月を捉えて、小さく揺れた——。



「氷なくなったぞー」

リビングの騒がしい声。

柊はため息をつきながら、店の奥の冷蔵庫へ向かう。

その時だった。

「……その傷」

小さく聞こえた鈴の声に、思わず足が止まる。
 
「消えないんですか?」


悪気のない声だった。


沈黙。

少しだけ間があって。


「そんなに目立つものでもないの。昔の傷だし」

美月の少し困ったような声が聞こえた。

「……笑ったり、光の加減で目立つことはあるけどね」

「そっか……」

鈴の小さな声。


「でも、気にしてないよ。本当に」

柊の指先が、ぴくりと止まる。

「この傷は、柊が私を守ろうとしてくれた証だから」

静かな声だった。

責める色なんて、どこにもない。

「小さい頃からずっと、柊は私を守ってくれたの」

ふわり、と美月が笑う。

「——だから、私にとっては、ずっとヒーローなんだよ」

その瞬間。

ガタン

思わず、柊の手から氷の袋が落ちた。


「し、柊っ」

美月の頬が少し赤くなる。

「い、今の……聞いてた?」

「……」

柊は、言葉を失ったまま立ち尽くしていた。


「わ、私お邪魔……ですよね」

鈴がそっとその場を離れ、リビングへと走る。


「……柊」

その声を聞いた途端。

柊の呼吸が止まる。

目の前にいる。

ずっと会えなかった人。

逃げ続けた相手。

美月は少し泣きそうに笑った。

「……その、急に来て、ごめんね」

柊は答えられない。

美月は少し困ったみたいに笑って、

「……でも」

小さく息を吸う。

「……会いたかった」

その顔を見た瞬間。

気付けば、美月を引き寄せていた。

「っ……」

強く抱き締める。

壊れそうなくらい。

「……っ、ごめん」

掠れた声。

「ごめん、美月……っ」

美月も震える手で、そっと背中に触れる。

「うん……」

涙声なのに、どこか安心したみたいに笑っていた。



少し離れた場所で。

鈴が目を輝かせる。

「うわぁぁぁ!!抱き締めた!!」

「騒ぐな」

祐介が鈴の目を塞ぐ。

「子供は見るな」

「見えない見えない!!指の隙間!!」

「おい柊、早く離れろ。こいつがうるせぇ」



琥太郎は、2人の様子を見て、込み上げてくるものを飲み込むように上を向いた。


——良かったな、柊。


心の中でだけ、そう呟く。



あの日。

もう二度と会えないかもしれないと思っていた。


止まったままだった時間が、ようやく、少しだけ動き出した気がした。

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