御曹司社長は恋に臆病な契約妻を極上の愛で囲う
「あの……引っ越しの時から」

 小夜莉がそう答えると、雅人は再び驚いたように目線を揺らした。

「でもあの時、転びそうになった小夜莉を俺が支えて、小夜莉は怖がってたよな?」

 雅人の声に小夜莉は小さく首を振る。

「私も初めは気がつかなかったんです。胸のドキドキは、恐怖からくるものだと思ってた。でも違ったんです……」

 そう言いながら顔がどんどん熱くなっていくのを感じる。正面を向いていられず、思わず下を向いた小夜莉は、大きく息を吸うともう一度気持ちを落ち着かせてから雅人の顔を見上げた。

「私、雅人さんのことが好きなんです。好きになってしまったんです。だから、雅人さんだけは大丈夫なんです」

 勇気を出してそう言い切った小夜莉の前で、雅人の瞳が大きく揺れた。そして戸惑うようにじっと口を閉ざす。その顔を見て、小夜莉の中に一気に後悔が襲った。

(あぁ、雅人さんを困らせてしまった)

 小夜莉は溢れそうになる涙を必死にこらえる。
 本当は自分の気持ちなんて伝えない方がよかったのかも知れない。男性恐怖症は治りましたと言って、雅人の元を去るのが正解だったのかも知れない。でも雅人の顔を見た途端、どうしても気持ちが止められなかったのだ。

「ご、ごめんなさい。こんなの困りますよね。雅人さんの目的が達成されたんだから、このままお別れしなきゃいけないのに。私ったらどうして言っちゃったんだろう……」

 そう言いながらうつむく小夜莉の頬を大粒の涙が零れていく。涙は次から次に溢れ、小夜莉が着ているガウンの裾を濡らしていった。
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