御曹司社長は恋に臆病な契約妻を極上の愛で囲う
 小夜莉が戸惑ったように顔を上げると、雅人はにっこりとほほ笑んだ。

「小夜莉に、ちゃんと説明しないといけないことがあるんだ」
「説明ですか?」
「あぁ。どうして俺が、化学の社長を強く希望したのか。そしてどうして君に契約結婚を提案したのか」

 雅人はそう言うと、抱きしめていた腕をそっと緩める。小夜莉は顔を上げて、雅人の顔を見つめた。

「小夜莉が以前、地方工場の研究所で働いていた時、住民トラブルがあっただろう?」

 小夜莉は五年前の出来事を思い出し「はい」とうなずく。

「あの時、俺も現場に行ってたんだ」
「え? 雅人さんが?」

 小夜莉は驚きながら記憶を辿る。あの時、工場の人間以外で現場に来ていた人はひとりしかいない。一緒に調査を進めてくれた本社の若い社員だ。

「もしかして、あの調査を一緒にしてくれたひとって……?」

 小夜莉が震える唇を開くと、雅人がにっこりとほほ笑む。

「俺が現場に行ったとき、たったひとりで調査をする研究員がいた。俺はなぜひとりで調査するのかと聞いた。そうしたらそのひとが言ったんだ。自分たちの仕事の先にはひとびとの暮らしがある。だから自分は真摯に研究に向き合わなければいけないって」

 小夜莉ははっとして顔を上げた。確かにあの時、小夜莉は本社の社員に質問されてそう答えた。その仕事に対する信念は、今も小夜莉の中で変わっていない。
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