御曹司社長は恋に臆病な契約妻を極上の愛で囲う
「ねぇ、部屋で待ってるから早く終わらせてよぉ」
「わかってるって。適当に時間つぶしてて」
「あ、ルームサービスも頼んでいい?」
「いいよ。でも飲みすぎるなよ。お前すぐ酔っぱらうから――」

 会話はその辺りまで小夜莉の耳にも届いていたと思う。
 でも脳が何かを判断する前に、小夜莉は持っていた鞄を振り上げると、直志の身体に向かって投げつけていた。
 パンッと大きな音が開放的なホテルのロビーに響き渡る。
 小夜莉の鞄は直志に届く前に、中身をまき散らしながら大理石の床にむなしく落ちていた。

「さ、小夜ちゃん……」

 引きつった顔で小さく呻き声を上げる直志の姿は、すぐに涙でぼやけて見えなくなっていく。

「……どういうこと?」

 なんとか声を絞り出す小夜莉に、直志が気まずそうに顔を背ける。
 すると直志の腕に手をかけていた女性がくすくす笑いながら小夜莉の前に立った。

「あ、もしかして。直くんが話してたのって、このひとぉ?」

 可愛らしく着飾った女性は、丁寧にカールされたロングヘアをさらりと後ろに流すと、小夜莉の鼻先に人差し指を立てる。

「二十七歳にもなって、男性恐怖症とか純粋ぶってる可哀想なコって」
「……え」

 小夜莉は言葉を失うと、次第に苦しくなってくる胸元にぎゅっと手を当てる。
 直志はというと、チラッと小夜莉を見たあと、気まずそうに再び目線を逸らした。
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