御曹司社長は恋に臆病な契約妻を極上の愛で囲う
 小夜莉は溢れてくる涙を堪えながら、のそのそと立ち上がると、床に散らばった自分の荷物に手を伸ばした。荷物をひとつ拾う度、大粒の涙が大理石の床に零れ落ちる。次第に集まっていた人たちも気の毒そうにしながらその場を去って行った。

『あの顔、正直萎えるんだよね』

 直志の言葉が何度も脳内を巡る。
 小夜莉は唇をぐっと噛みしめると、静かに目を閉じた。
 デートで直志がキスしようとするたび、小夜莉の中を恐怖心が占めていたのは事実だ。

『怖くない、怖くない』と呪文のように唱えて必死に耐えるその顔を、直志は見ていたのかも知れない。

(これじゃあ、浮気されても、私に文句を言う資格なんてないよね……)

 お互いを思いやる気持ちがなければ恋愛なんてできない。小夜莉はそのことを痛い程思い知らされた。

「お母さんに、何て言おう……」

 小夜莉は小さく息をつく。
 今日の食事会をあんなにも喜んでくれていた母のことだ。話を聞けば小夜莉以上にショックを受けるかもしれない。
 小夜莉は床の上に転がった自分のスマートフォンを見つめる。
 あの貝のストラップがすぐ目に入り、母を悲しませてしまうことへのやりきれなさで心の中がいっぱいになった。

「ディナーもキャンセルしなきゃ……」

 そうつぶやいてスマートフォンに手を伸ばした時、ふと小夜莉の前で誰かが立ち止まる。
 その人は小夜莉のスマートフォンを取り上げると、ストラップに軽く触れた後、それを小夜莉に差し出した。
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