御曹司社長は恋に臆病な契約妻を極上の愛で囲う
「今日は本当にありがとうございました」

 母をホテルのタクシー乗り場まで見送った後、小夜莉は隣に立つ雅人に深々と頭を下げる。
 あの後母は何度も雅人に『ありがとう』とお礼を言った後、幸せそうに帰って行った。

『私のマンションに泊まればいいのに』

 小夜莉はそう言ったが、母は恥じらうようにほほ笑むと『若いひとたちのお邪魔虫にはなりたくないのよ』と手を振ったのだ。

「君のお母さんは、とても温かいひとだな」

 走り去ったタクシーのテールランプを見つめながら、雅人が静かに声を出す。
 小夜莉も同じように視線を遠くに向けると、昔を思い出しながらこくりとうなずいた。

「うちは母子家庭なんです。父は私が幼い頃に出て行って顔も知りません。だから母は、女手ひとつで私を育ててくれたんです」
「そうだったのか……」
「えぇ。きっと生活も苦しかったと思います。でも母はそんな顔、ひとつも見せなかった。それなのに、私が余計な心配事を増やしてしまって……」

 小夜莉は俯くと、大きなメガネの縁をキュッと触る。

「私高校生の頃、知らない男の人に連れ去られそうになったことがあって。それから男性恐怖症になってしまったんです」
「そんなことが?」

 雅人が驚いたように声を上げる。
 小夜莉はうなずくと、昔連れされられそうになった時に、男に掴まれた自分の左腕を握った。
 あの日以来、小夜莉は男の人に近づくのが怖くなった。しばらくはクラスの男子にも近づけなかったほどだ。
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