御曹司社長は恋に臆病な契約妻を極上の愛で囲う
(嫌よ……怖い……)

 小夜莉の全身に一気に寒気が襲ってくる。きっと吉野は最後に小夜莉に挨拶しようとしている。もう自分の番まであとふたりしかいない。
 もしここで小夜莉がパニックを起こし、吉野を突き飛ばすなんてことがあったら、パーティーは台無しだ。雅人の顔どころか、会長や御子柴グループの名前にすら泥をかぶせてしまうかも知れないのだ。

(どうしたらいいの)

 顔から血の気が引くような感覚がする。ふらふらとめまいを感じ、もう今にも倒れそうだと思ったとき……。
 小夜莉に寄り添うように誰かがすっと横から現れた。直接触れないように、それでも優しく小夜莉の腰元に回された腕。顔を見なくてもわかる。これは雅人の腕だ。

「雅人さん……」

 そう呟いた瞬間、恐怖で冷えきっていた小夜莉の心は一気に温度を持ちだした。心地の良いホワイトムスクの香りが鼻先をかすめ、さらに心を安定させていく。

「ひとりにしてすまなかった。大丈夫か?」

 耳元で響く雅人の声に、小夜莉は大きく息を吐くとゆっくりとうなずいた。

(あぁ、雅人さんがいてくれたら大丈夫だ)

 小夜莉は潤みそうになる瞳をこらえながら雅人を見上げる。雅人だったら隣にいても恐怖を感じないし、むしろ心から安心できるのだとわかった。

「吉野社長、いつも大変お世話になっております。今後は妻の小夜莉ともども何卒よろしくお願いいたします」

 雅人が吉野に丁寧に挨拶し、小夜莉もそれに続くように頭を下げる。吉野は大変満足したように挨拶を返して、その場は何事もなく過ぎていった。
< 71 / 135 >

この作品をシェア

pagetop