御曹司社長は恋に臆病な契約妻を極上の愛で囲う
 確かにしつこく言い寄られた男性職員に腕をつかまれ、思わず突き飛ばしてしまったことがあった。あの時はお互いに謝罪して収まったはずだ。そのことを言ってるのだろうか。

(それに、手柄を譲ったって……どういうこと?)

 眉を潜める小夜莉に、所長は不満げにふんっと鼻を鳴らす。

「まぁいい。それより何をしていたんだね。まさか社内データでも盗もうとしていたのかな?」
「違います!」

 小夜莉は慌てて顔を上げる。

「所長、説明してください! なぜ業務に関わりのない化粧品成分の分析を、ここでやっているんですか⁉」

 小夜莉が声を荒げると、所長は急に怖い顔つきを向けた。

「ほお。そこまで見たのか。やはり君は社長のスパイか何かなのかな?」
「え……」

 動揺する小夜莉に、所長はさらに細めた目を向ける。

「驚いたよ。君が社長の奥様だったとはな。普段はそんな地味そうな顔をしておいて、うまく使い分けたもんだ」
「ど、どうしてそれを……」

 たじろぐように唇を震わせた小夜莉から、思わず声が漏れる。
 小夜莉が雅人と結婚していることは、研究所の人間はおろか、御子柴グループの誰もが知らない事実だ。

(それをなぜ、所長が知っているの?)

 小夜莉の背中をゾクリと寒気が走る。
 今小夜莉の前で目を細める所長が、何を考えているのか全くわからない。小夜莉は身構えるようにこちらに近づいている所長の顔を見つめた。
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