サイコ医局長の検体
嫉妬の対象にすらなれなかった看護師を憐れむと同時に、こうも伝わらないものかと思い悩む。
しかも仮にも婚約者であるはずなのに、他人行儀すぎやしないだろうか?
これでも天才名医といわれているいい大人。見た目だって悪くないし、先ほどのように女性に言い寄られることだってよくある。
まさか嫉妬の矛先が爬虫類だとは思いもしなかった。
「貫アヅさんも最高の環境化で僕に飼育されてみませんか?」
「私、良質なコオロギは食べませんよ?」
「僕もそれなりに良質な男ですけどね。」
「不摂生が良質とはいえませんね。いくら忙しいとはいえ、ご飯くらい食べて下さい。新戸部が、医局長はいつもゼリーしか口にしていないと言っていましたから。」
「でも今日は十割蕎麦をご一緒してもらえるんですよねえ?」
「まあ、はい。いいですよ。今月ピンチなら私が奢ります。」
どこの世界に部下に奢られる医局長などいるのだろう? 前代未聞である。
「貫アヅさん。さすがに僕が奢りますよ。こうみえて僕、心カテも手がける一流医師ですから。」
「いいえ無理なさらないで下さい。婚約者の蕎麦くらい私が出しますので。」
「僕を婚約者だと認めましたね?」
「認めるもなにも。ほぼ強制じゃないですか。」
よく分からない押し問答の末、結局十三郷のPHSが鳴り、至急診療棟に戻らなければならなくなってしまった。
せっかくの機会を邪魔され、当たり散らしたい気分だが、目の前には涼しい顔の亜月がいる。
さすがの十三郷でも、亜月の前ではキレられなかった。
「すみません貫アヅさん。せっかく誘ってもらったのに、診療棟に戻らなければならなくなりました。」
「そうですか。それは残念です。」
無表情の亜月は、とても残念そうに見えない。
一緒にランチをしたことはあるが、それも院内の食堂でたまたま鉢合わせた時だけのことだ。
ディナーに誘おうにも、多忙のあまりディナーという時間に約束などはできない。
仕方なく、またいつかも分からない機会を待つことにした十三郷。亜月に手を振りコンビニを出た。