サイコ医局長の検体
「十三郷先生!」
しかし出た途端、亜月が自分の後ろを追ってくる。
振り返ろうとすれば、白衣のポケットの中に手を入れられた。
「あの、お昼……蕎麦ではありませんけど、ちゃんと食べて下さいね?」
「は……」
ポケットの中を確認すれば、栄養剤とおにぎりが入っていた。
そもそも自分が奢られることなど、新人以来、ないに等しい。
看護師や秘書、そこら辺の女性は、当たり前のように自分にせがんでくる生き物だと思っていた。
医者には奢ってもらって当然というセオリーは、彼女にはないのだろうか?
そうだ、彼女は表情は読み取れなくとも、昔から自分を奇人と区別することなく扱ってきた、唯一の女性だ。
きっと本気で自分の身体を心配してくれているのだろう。
十三郷は亜月の手を握りしめた。
「貫アヅさん、僕と結婚してください。」
「はあ。だから強制的に結婚しますよね?」
彼女の唇を奪いかけた。
小さな彼女の頬は、両手で包めば壊してしまうかもしれない。
そう思い、腰を引き寄せ、下半身を密着させた。
「今日さあ〜、循環器の心カテに立ち会ったんだけど、カテーテルがラーメンに見えてお腹空いちゃってさあ〜」
「もう、貫院長ウケる〜! じゃあデカ盛りのカップ麺でも一緒に食べますぅ?」
「食べる食べる〜! あ、君かわいいからお菓子もつけちゃう。」
「きゃあ嬉しい♡ やったあ!」
十三郷の前から歩いて来るのは。若い看護師に腕を組まれた貫院長だった。
どうやらコンビニにカップ麺を買いに来たらしい。
「…………」
「…………」
自分の父親の存在に気付いた亜月が、無言で振り返り、舌打ちをした。
「あ"ッ、アヅちゃん、お疲れ!! あのね、一応パパの名誉のために言っておくと、こちらの看護師さんは不倫関係とかではないからね? ママには変なふうに言わないでね?!」
「……今さら。」
さらりとつぶやいた亜月。
コンビニのレジ袋を握りしめ、病棟の事務室へと戻っていく。
同じく十三郷も舌打ちをした。
「十三郷君お疲れ〜。君も浮気には気をつけた方がいいよ? 亜月は勘が鋭いからねえ〜。」
貫院長に肩を叩かれて、図らずも妙に納得してしまう。
(もう不倫や浮気は自分の父親で見慣れてるから、いちいち嫉妬となしないんだろうなあ〜)
と。
とはいえ、亜月にはまだまだ自分の想いが微塵も伝わっていないだろう。
どうこの重圧を彼女に分からせるべきか。
十三郷は覚悟を決めた。