サイコ医局長の検体
「循環器はリーテックさんと繋がってましたよね? そちらの最新モデルの聴診器を申請しておけばよろしいですか?」
「うんうん、低周波領域の音も拾えるやつね。あとチェストピースはクロームメッキ仕様で〜。」
「高額申請になりますね。循環器の秘書さんに申請書を依頼しておきます。」
「頼むわアヅちゃん!」
吾妻が、表情の変わらない亜月の後頭部をペシペシと叩く。
まるで壊れた昭和の機械のように扱われる亜月だが、すぐに吾妻が望む聴診器をメモに控えた。
一見、チャラく思われがちな吾妻であるが、実際チャラかった。暇さえあれば風俗に行くタイプだ。
ただこう見えて、十三郷の同級生でもあった。
そして亜月と十三郷の婚約の事実を知る、唯一の存在。
たまたま十三郷と亜月の父親が話しているのを盗み聞きしてしまったのだ。
「あ、あの、貫課長もよかったらぜひ連絡先を!」
「あ、荻窪君、そういえばさっき脳神経の教授が君のこと探してたよ?」
「えっ、なんですかね? 因田教授、今日は病棟の回診のはずなんですけど。」
PHSを確認する荻窪が、頭を下げ、不思議そうに病棟の方へと歩いていく。
実際、荻窪は探されてはいなかった。
吾妻が体よく嘘をついたのだ。
「頼むわ貫アヅ〜。君が男に口説かれたりなんかしたら、俺の順風満帆な人生に支障がでるわけよ〜。」
吾妻が「俺も不整脈かもしんない」と胸を抑え始める。
しかし亜月は意味が分からず、首を傾げた。
「はい? ちょっと言っている意味が分かりません。」
「君が違う男とイチャイチャしてれば、君の暴君な婚約者が病棟に爆弾を仕掛けるかもしれないってことだよ!」
「はあ。なぜです?」
「嫉妬のあまり気が狂うからだよ!」
「それで、なぜ吾妻先生の人生に、どう支障がでると?」
「爆破されたら俺の勤め先なくなるじゃん!」
ああ、と腑に落ちない納得をする亜月が、腕時計の時間を確認する。
もうすぐ11時だ。こんなところで、易のない人物と油を売っている暇はない。
「お言葉ですが、十三郷先生が嫉妬するような人間に見えますか? あの天才に恐いものなんてあるわけないと思いますよ。」
「でもアヅちゃん、異常に執着されてるじゃん?」
「あんなの、私みたいな大して面白くもない人間を、ただ珍しがっているだけでしょう。婚約者だから無理に接しているというだけで。」
「アヅちゃん、マグロだもんねえ。」
「そのうち彼の水槽で泳いでいるかもしれません。」
「返しはなかなか面白いよ。」
亜月が丁寧にお辞儀をして、「失礼します」と去っていく。吾妻はすでに、若手看護師に声をかけていた。