サイコ医局長の検体
「新戸部は語学こそ苦手ではありますが、彼女にはフットワークの軽さとメンタルの強さがあります。これなくして秘書は務まりません。この意味がお分かりですよね?」
「え……」
「実験の補助に補助金の申請業務、はたまた重いゴルフセットや資料の搬入作業。力仕事もこなすのが秘書です。元体育会系の新戸部がいなくなれば、大所帯の循環器内科は回らなくなります。」
間髪いれずに言葉をつらねる。
研究棟の秘書とは、医師の機嫌に振り回されるのはもちろんのこと、白衣の洗濯や医学書の整理、実験道具の管理まで任せられているのだ。
まるで部活のマネージャーのような体力仕事を、安い時給で働かされている。
果たして奥さんには、そのような仕事が務まるのかと。貫はそれが伝えたかったのだ。
「不倫かどうかを疑う前に、どうか秘書の立場を理解してやってください。」
「それならこの画像はなに?! 主人のフォルダに、あの秘書とご飯食べてる写真が映ってるのよ?!」
「この場には私もおりました。井原教授の計らいで、普段世話になっているからと奢っていただいた時の画像になります。」
「……っ、そ、そうなの?」
「ええ。いい上司を持ち、新戸部も秘書冥利に尽きます。」
「じゃああなたはなんなの? あなたは秘書じゃないんでしょう?!」
教授の妻が、貫の地味な姿を見て言った。秘書のように白衣を着ているわけでもない。
それなのに、なぜあなたがうちの旦那に奢られる必要があるのかと。
「申し遅れました。私、国立明聖病院総務課課長の、貫亜月と申します。」
貫が、スーツの胸ポケットから名刺を差し出す。
妻がそれを受け取ると、目を丸くして見入った。
「……貫って。まさか、あなた。貫院長の娘、じゃないわよね?」
「ええ。当院現院長、貫は私の父です。」
教授の妻は開いた口がふさがらなくなった。
そして研究棟の長い廊下を、敗北感丸出しの背中で帰っていった。