無難に生きたいのに、全力すぎる彼が構ってきます

 翌朝、いつも通りの時間に家を出て電車を乗り継ぎ、勤務先である『観月建設』に向かった。

 観月建設は高層ビルから大型商業施設、公共インフラまで幅広く手がけている、業界内では有名な企業である。
 内定をもらったとき、両親は自分たちのようなお堅い職業ではないことを、少しだけ不安に思っていた。
 建設会社と聞いて、まず父が思い浮かべたのは、現場仕事や不規則な勤務だったらしい。母もまた、『転勤が多いのでは』『景気に左右されやすいのでは』と、心配を口にした。
 でも応募は事務職枠。本社勤務がほぼ確実であるなど、説明を重ねるうちにふたりの表情は徐々に和らいでいった。

 『長く勤められるなら、それが一番よ』

 最終的にそう言ってくれたとき、天音は胸の奥で小さく安堵したのを覚えている。
 派手な評価はいらない。大きな夢を語らなくてもいい。きちんと働けば、ごく普通の生活ができる場所。観月建設は、それが望めそうな会社だ。
 建設会社を選んだのも、特別な理由があったわけではない。目に見えないサービスや流行を追う仕事より、完成すればそこにあり続ける建物のほうが、ずっとたしかなものに思えた。少なくとも、ある日突然〝なかったこと〟にはならない。二代続く〝堅実職業〟から一歩外れたけれど、それが天音なりの無難な選択だった。

 配属先が総務部と決まったとき、結果的に両親の価値観にも天音自身の気質にも、無理なく収まるものに思えた。
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