無難に生きたいのに、全力すぎる彼が構ってきます
 構内の並木はすっかり葉を落とし、枝だけになった影がアスファルトに細く伸びている。人の少ない土曜日のキャンパスは、いつもより音が少なく、足音だけがやけに響いた。

 亜弥は肩までの髪をひとつに結び、コートのポケットに手を入れて歩いている。
 すっきりした横顔で、話すときだけ目尻がやわらかく下がるタイプだ。
 並んで歩きながら、自然と課題の話になる。構造の納まりがどうだとか、模型の材料が足りなかっただとか、他愛のない愚痴ばかりだ。

 「加地くん、顔色だいぶ戻ったね」
 「まあ、休んだんで」
 「珍しいじゃん」

 そう言って、亜弥は幹人の顔を一度、じっとたしかめるように見た。それから安心したように小さく笑う。
 亜弥は深く追及しないまま、到着した店の棚からビールを選びはじめる。棚の上段に手を伸ばしながら、ちらりとこちらを振り返った。

 「どれがいい?」
 「任せる」
 「ほんと無関心だよね」

 冗談めかした声で言いながら、亜弥は結局、幹人がいつも飲んでいる銘柄をかごに入れる。缶がかごに入る軽い音がした。

 大学に戻ると、紙コップに注がれたビールでささやかな乾杯がはじまった。

 「お疲れさま」
 「お疲れ」

 ひと口飲んで、幹人は肩から力が抜けていくのを感じた。
 課題は終わった。熱も下がった。日常は、ちゃんと元に戻っているはずだ。
 それでも不意に思い出すのは、あの人の声と触れた指の温度で――。
 幹人はそれを誤魔化すように、もうひと口ビールを飲み干した。
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