無難に生きたいのに、全力すぎる彼が構ってきます
午後の業務を終え、パソコンをシャットダウンする。時計は定時を少し過ぎていた。
バッグを手に取り、フロアを出ると、帰宅ラッシュ前の静けさが残っている。
誰もいないエレベーターに乗り込み、扉が閉まりかけたそのとき――。
「待って待って!」
慌てた声と同時に、扉の隙間に手が差し込まれた。驚いて顔を上げると、幹人が息を切らせて滑り込んでくる。
「っ、驚いた。どうしたの?」
思わず声を潜めると、幹人は肩で息をしながら、いつものように涼しい顔を繕った。
「あやうく、天音さんをひとりで帰すところだった」
「なにそれ」
「今日は大事な日だから」
「……え?」
幹人が天音を見つめる。
「天音さんの誕生日」
「……覚えてたの?」
「当然」
エレベーターが静かに下降をはじめ、ふたりきりの箱の中にさっきまでとは違う空気が満ちていく。
「なんだ。なにも言われないから忘れてると思った」