無難に生きたいのに、全力すぎる彼が構ってきます
 ケージの中の静けさにもう一度だけ視線を向けてから、幹人は立ち上がった。
 棚に置いた図面集に視線をやる。木の匂いがする気がして、指先で背表紙をなぞった。
 幹人の亡き祖父は大工だった。子どもの頃、祖父の作業場で見た図面や木の匂いが、幹人の今に繋がっているように思う。細かな線から人の生活が立ち上がっていくのが不思議で、それでいてとても美しくて、いつまでも見入っていた。

 『いいか幹人、建築はな、人の生活を支える仕事なんだ』

 祖父はそう言って、分厚い手で図面を押さえた。鉛筆の線は真っすぐで迷いがなかった。
 誰かが暮らす場所をつくる。雨を防ぎ、風を遮り、安心して眠れる場所を残す。
 華やかさはないけれど、なくなれば困る。祖父の仕事は、いつもそこにあった。
 設計に行き詰まったときや意味を見失いそうになる夜に、幹人はその言葉を何度も思い出す。

 誰かの生活を想像することと、誰かの人生に踏み込むことは、似ているようで違う。距離を保ったまま支える建築という仕事は、そのやり方を許してくれる。

 棚から図面集を一冊抜き取り、ぱらりと開く。
 人と深く関わるのは、今でも得意じゃない。それなのに最近、ひとりでいる時間が以前ほど静かじゃない。

 研究室で図面に向かっているとき、引いたはずの線の先に、ふとべつのものが割り込む。天音の声の調子や表情を思い出そうとしている自分に気づいて、幹人は鉛筆を置いた。
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