無難に生きたいのに、全力すぎる彼が構ってきます
 そうして思い出すのは、休憩室で少しだけ戸惑ったように視線を泳がせた横顔や、冗談なのか本気なのかわからないまま放たれた天音の言葉の余韻だった。
 年上の社員と、たまたま楽しく会話しただけ。それが恋なのかどうか、幹人にはまだわからない。ただ、胸の奥に残るこの感覚は、図面の線のように簡単には消えなかった。

 余熱のようにじわりと広がり、静かな生活に小さなノイズを落としていく。触れれば動き出しそうで、放っておけば消えそうで、そのどちらでもない曖昧な揺れだけがそこにあった。

 フレックスのケージの前にしゃがみ込み、枝の上で色を変える姿を眺めながら、幹人は無意識に彼女との会話をなぞっていた。

 人と関わるのは得意じゃない。だからこそ、関わらないで済む相手をいつも選んできた。
 それなのに、彼女にまた会うとしたら、どんな顔で言葉を交わせばいいのかをもう考えている。
 路地裏で小さなパン屋を見つけたとき、幹人は反射的に天音の腕を掴んでいた。

 『迷うのを心配してるなら大丈夫です。俺が一緒だから』

 声をかけるより先に、体が動いた。人混みを抜けるためでも、急ぐ必要があったわけでもない。ただ、普段と変わったことをしたがらない彼女に、純粋に違う世界を見せたいと思っただけだ。
 それまではちょっと変わった思考の人という認識だったのに、掴んだ腕の細さで天音が女性であることを妙に意識した。
 すぐに放すべきだったのに、そのままパン屋の前まで行ってしまった。
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