学校がこわい君へ ~ようこそ! ここはポン先生とカンちゃんの『学校攻略作戦室』です

第3話 学校だけが世界じゃない



 次の日。

 わたしは、ベッドから出られなかった。

 カーテンは閉めたまま。

 スマホは伏せたまま。

 学校攻略作戦室にも行けなかった。




 ミユちゃんの言葉が、ずっと頭の中を回っていた。

『来なくてもいいかも』

 来なくてもいい。

 その言葉が、胸の中でどんどん大きくなる。

(わたしなんて)

(いない方がいいのかな)

 涙が出そうになる。

 でも、もう泣く元気もなかった。

 ぼーっと天井を見る。




 その時。

 ピンポーン。

 インターホンが鳴った。

 わたしは動けない。

 (宅配かな)

 (どうでもいい)

 すると、また鳴る。

 ピンポーン。

 ピンポーン。

 しつこい。

 ママ、早く出ればいいのに。
  
 そう思って気づいた。

 ママだってわたしのせいでストレスたまっている。

 あああ、いやだ。

 ほっといて欲しい。

 少しイラッとしていると……。




 階下からママの声。

「えっ!?  先生!?」

 先生?

 わたしの心臓が跳ねた。

 まさか。

 学校の先生?

 無理。

 会いたくない。

 すると。

 聞き覚えのある大声。

「ヒマリー!!」

 ……あ。

「作戦室の生存確認だー!! 生きているなら応答せよ、応答せよ」

 ポン先生だ。

 そして……

「うるさい!」

カンちゃんの声。

「近所迷惑でしょ。いい大人が何してるの」

「ヒマリが心配なんだ!」

「音量がおかしいでしょ」

 
 なんだか笑っちゃった。

 なんで来るの、こんなとこまで。

 変な人たちだなぁ。




 すると、階段の下からカンちゃんの声。

「ヒマリちゃん」

 静かな声だった。

「部屋から出なくてもいい」

 ……

「でも、聞いて」

……

「ポン先生、コンビニでアイス十個買った」

「言い訳させろ。作戦に必要だからだ!」

「三人しかいないのに?」

「気合いだ!」

「昭和すぎるでしょ」

 変。

 ほんとに変。

 笑いそうになる。

 すると、カンちゃんが、少し小さな声で言った。

「……わたしも、昔こうだった」

……

「部屋から出られなかった」

「カーテン閉めて」

「スマホ見るだけでしんどくて」

「生きるの、めんどくさいって思ってた」

 胸が、ぎゅっとなる。

「だから」

 カンちゃんが言う。

「出られないの、わかる」

 その言葉だけで、涙が出そうになった。

 わかる。

 それだけで、少しだけ苦しくなくなる。



「だから今日は」

 カンナが続ける。

「外まで来なくていい」

「玄関まででいい」

「無理なら、ドア少し開けるだけ」

 ポン先生も言う。

「五センチでいい!」

「なんならチェーン越し!」

「顔だけでも優勝!」

 わたしは、思わず吹き出した。

 優勝ってなんなの。

 でも、

 少しだけ、行ってみようかなと思った。

 ゆっくり起き上がる。

 ぼさぼさの髪。

 パジャマ。

 ひどい顔。

 でも。

 一歩だけ。

 部屋を出る。

 また一歩。

 階段を下りる。

 玄関の前。

 深呼吸。

 こわい。

 でも。

 ガチャ。



 少しだけドアを開ける。

「おっ!」

 ポン先生の顔が、ぱっと明るくなる。

「出てきた!」

「声大きい」

 カンナがすぐ言う。

「びっくりする」

「すまん!」

 でも、わたしは少し思う。

 なんだろう。

 安心する。

 ポン先生は、大きなレジ袋を持っていた。

「作戦物資!」

「アイス! 十個だ」

「買いすぎ」

 カンナが冷静につっこむ。

「元気出ると思って!」

「昭和の人だなあ」

「仕方ないだろ昭和の生まれだ!」

ポン先生とカンちゃんは玄関に入り腰かけた。

「ヒマリ,アイス食え。お母さんもどうぞ」

 それからみんなで、溶けそうなアイスを食べた。

 もう大変。

 「早く食え。一秒でも早く食うんだ!」

 ティッシュの箱を取ってきて、溶けてしたたるアイスクリームを拭きとった。



 
「……作戦室、行けなかった」

 わたしは頭を下げた。

「ごめんなさい」

 すると。

 ポン先生の顔が急にまじめになる。

「ヒマリ」

「はい」

「謝らなくていい」

「え?」

「来れん日もある」

「元気ない日は休む」

「風邪と同じだ」

「でも……」

「でもじゃない」

 ポン先生がしゃがんで、目線を合わせる。

「今のヒマリは、十分頑張っとる」

「部屋から出た」

「ドア開けた」

「先生たちに会った。アイス食った」

「全部すごい」

 目が熱くなる。

「わたし……」

 声が震える。

「学校、もう無理かもしれない」

 ポン先生は、すぐに否定しなかった。

 少し考えてから言う。

「じゃあ今は、無理でいい」

「え?」

「学校だけが世界じゃない」

 カンちゃんが言う。

「わたし、学校終わったって思った。

そして、わたしの人生終わったと思った」

「……わかる」

「でも終わらなかったよ。

 作戦室で仕事してるよ。

 給料もらって、親にお金渡してるよ。

 おばあちゃんに帽子を買ってあげたよ。

 学校時代より、社会人の方が楽だよ~」

「そうなんだ」

「ポン先生変だし。毎日面白いよ」

「変は余計だ!」

「でも」

 カンちゃんが少し笑う。

「生きてれば、意外となんとかなる」

 大丈夫。

 じゃなくて。

 なんとかなる。

 その言葉の方が、少し信じられた。

「よし!」

 ポン先生が立ち上がる。

「次の作戦!」

「学校じゃなくていい!」

「ヒマリの好きを取り戻す!」

「好き?」

「好きなことは?」

「……本」

「よし!  図書館作戦!」

 ポン先生が少し考えてつぶやいた。

「あとパンケーキ!」

「なんで?」

「甘いものは正義だからだ。なあ、作ろうよ。パンケーキ!」

「昭和の発想だなぁ。付き合ってやるか」

 カンちゃんが言う。

「昭和なめるな!」

 わたしは、吹き出した。

 ちゃんと笑った。



 玄関から出て、空を見る。

 カーテンを閉めていたのでわからなかった。

 外はちゃんと明るい。



 学校は、まだこわい。

 友達のことを思うと、胸も痛い。

 でも、終わりじゃないかもしれない。

 その時、ポン先生が、まっすぐ言った。

「ヒマリ」

「はい」

「学校に行ける日も、行けん日もな」

「君の価値は、一ミリも変わらん」

 それを聞いて、わたしは、少し泣いた。

 でも、前みたいな苦しい涙じゃない。

 あたたかい涙だった。

 「ポン先生、かんちゃん、ありがとう」と思った。

 でも、言えなかった。

 ふたりは、アイスを食べ終わると「じゃあ」と言って帰って行った。


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