夜盲
とにかく、寒い。
さっきまでは寒さなんか感じていなかったし、むしろ風が涼しいとさえ思っていたけれど、雨に当たって濡れてしまえば、火照った肌も一瞬でつめたくなってしまう。
おしゃれをしたいからって、ブランド物のミニ丈ワンピースを着たのがいけなかった。上着を羽織っているとはいえ、剥き出しの脚はつめたい風にさらされているし、さらに体温が雨に吸われていく。心なしか体調も悪い。どうしよ。
ぐらぐらと揺れる視界の中で、スマホの連絡先一覧から佳乃くんの名前を探し、縋るようにもう一度発信ボタンをタップする。
耳に押し付けて、祈った。出てくれますように。そしてどうか、迎えに来てくれますように。
発信音が鳴り止んだ。
『……夢見さん?』
「佳乃くん、さっきはごめんなさい、いまどこにいるの」
『は? 佳乃?』
左耳に伝わる言葉に違和感があって、「え?」と言ってみる。スピーカーの向こう側からは、「は?」という返事。頭の中が真っ白になる。
耳からスマホを離して確認すると、通話中の表示の上には、町田佳乃ではなく、町田乃亜の4文字があった。あーもう最悪だ。そもそも名前が似ているのに加え、アルコールのせいで手元が狂ってしまったようだ。
「ごめん、佳乃くんと間違えてかけちゃった」
『……なに、ひとりなの?』
「佳乃くんに置いてかれたの。寒いし、雨降ってるし、暗いし、こわい」
『佳乃はどこにいんの』
「わかんない。わかってても、歩けないから、もうだめ」
『怪我?』
「ちがう、おさけ」
屋根の外はいつの間にか土砂降りになっている。一歩外に出ただけで、ずぶ濡れになってしまうだろう。
どうしよう。雨が止むまでこのままだなんて、いやだ。何より、寒いし、寂しい。
「乃亜くん、たすけて」
『はあ、』
「傘もないし、あっちに酔っぱらってる人たくさんいるし、ひとりこわいし、さむいの」
『夢見さんも酔っ払いでしょ』
「佳乃くんかえってこないの。どうしよ、さむくて、しんじゃう」
『……だる』
ぶち、と通話が切れる。「乃亜くん」と口から溢れた言葉は雨の音に紛れて消える。
スマホの画面に写った通話終了の画面に絶望すると同時に、画面上部にメッセージの通知が、にゅ、と現れる。
〈位置情報送って〉
ぶっきらぼうなメッセージの送り主は乃亜くんだった。もう見間違えることはない。
やさしいんだか、やさしくないんだか、よくわからない。乃亜くんを理解できたことなど、一度もない。もちろん、佳乃くんのことも理解できないけど、乃亜くんの場合はまたレベルが違う。
それでもあたしは、藁にもすがる思いで、乃亜くんに位置情報を送信した。