夜盲




 しばらくその場で待っていると、乃亜くんが現れた。

 撥水性のあるウィンドブレーカーを上下に着て、フードを被って、自転車でやってきた。彼は自転車を屋根の下に停めると、白い息を吐きながら身体にかかった雨粒を軽く払いのける。



「なんで来てくれたの」

「夢見さんが補導されたら、酒飲ませた佳乃は犯罪者。おれ、犯罪者の弟なんか御免だし」

「しずかに生きたいんだっけ?」

「そーだよ。夢見さんもすこしは配慮して」



 しずかに生きたいって言うくせに、こうして佳乃くんとトラブルを起こして置き去りにされたあたしを迎えに来るなんて、乃亜くんも酔狂なひとだ。まあ、おそらく乃亜くんは、あたしをこの場に放置することと、あたしを迎えに行くことのコストとリスクを天秤にかけて、こうしてあたしを迎えに行く方が結果的に事態が丸く収まると判断したのだろう。

 乃亜くんは自転車のカゴに入れていたリュックサックの中からビニール袋を取り出した。そこからさらに、黒いウィンドブレーカーを引っ張り出し、こちらに手渡してくる。着ろ、と言われているらしい。



「まって。自転車で帰るの?」

「金ないからタクシー乗れないし」

「てっきり、傘とか持ってきてくれるんだと思ってたんだけど」

「はやく来てほしそうだったのはそっちでしょ」



 はやく来て、なんて、言ったかな。

 わからないけど、とにかく寒かったし、ひとりきりで心細かったのは確かだ。手渡されたウィンドブレーカーをミニワンピの上から羽織り、ズボンも上から履かせてもらった。サイズはかなり大きくてぶかぶかだったけど、裏起毛素材で、風を通しにくい。あたたかくて、安心する。

 フードを被ると、乃亜くんがこちらに手を伸ばし、顎下のドローコードを調整して、フードが脱げないように固定してくれた。そんな配慮はできるくせに、「苦しくない?」の一言が出てこない乃亜くんの不器用なところが、佳乃くんと全然似ていなくて笑ってしまいそうになる。



「ほんとに二人乗りするの?」

「まーそうだね」

「あたし、自転車の二人乗りなんて、したことない」

「おれもない」

「大丈夫なの。それ」

「知らね。でも、おれらが二人並んで歩いてたら、絶対ケーサツに声かけられるでしょ。佳乃がいるならまだしも、おれも夢見さんも高校生だし、若く見られるだろ」

「二人乗りもまずくない?」

「チャリなら逃げられるじゃん」

「どーいう自信?」



 乃亜くんは荷物をすべてカゴに入れ、自転車に跨った。仕方ないからあたしも、荷台のところに跨ってみる。足が地面につかなくて、安定しない。



「これ、どこ掴めばいいの?」

「おれの肩とか?」

「ちょっとまって、あたし酔ってるの、まって、まだ漕がないで!」



 漕ぎ出そうとする乃亜くんを制止する。そもそもまともに立って歩けないくらいに酔っていたのに、急に自転車の二人乗りだなんて、怖くてできない。

 それに、乃亜くんの肩を掴んでいても、雨で手が滑りそうでこわい。この状態では確実に、自転車から落っこちてしまう。



「ほんとに変な意味じゃないんだけど、腰、ぎゅってしたら、だめ?」

「……いーよ、好きにすれば」



 許可を得られたので、乃亜くんの腰に腕をまわして、うしろから抱きつく。

 一方的に乃亜くんをうしろから抱きしめているようなかたちになっていることに、後ろめたさを感じないわけじゃない。でも、荷台から落ちないようにするにはこうするしか方法がないし、それに、乃亜くんが相手なら、別にこれくらい平気だ。乃亜くんを意識していないからこそ、できる。

 あたしが腕を回すと、乃亜くんはちょっとだけ身体を強張らせたが、そのままゆっくりと、自転車を前に漕ぎ出した。

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