夜盲
◇
ごめんねって言われて、抱きしめてもらって、それからやさしくしてもらえば、どんなにひどいことをされても許してしまう。許してしまうのは佳乃くんだから。どうしても彼には甘くなってしまう。
佳乃くんが吐き出した煙草の煙が、細く開けた窓枠から外に向かって逃げて行く。秋が深まり冬に半歩踏み出した11月下旬の隙間風が、事後の部屋を冷静にしていく。外に逃げ切らなかった煙草の煙が佳乃くんの部屋の中にふわりと漂って、燻ったにおいを残した。
佳乃くんは先ほど、これまでにないくらい、甘く丁寧にあたしを抱いた。
あたしの機嫌を直したいって言いたいみたいな彼の態度がどうにもいじらしくて、あたしはもう、雨の中に置き去りにされたあの日の心細さを忘れようとしてる。
「おれもねー、それなりに心配するわけよ。煙草吸って戻ってきたら宵がいなくなってんだもん」
「だったら、最初から置いてかないでよ」
「そーだね。ごめん、おれもあのとき酒入ってたから」
結局、あの日は乃亜くんに家まで送ってもらった。
家に帰ってからスマホを見ると、佳乃くんから大量の不在着信が入っていて、それを見たあたしはすごく勝ったような気分になった。佳乃くんの上に立てたみたいだった。
「ほんとに、どーしよって思った。こんなクソ女だけど宵はまだ高校生だし、マジで拐われたらどうしようって」
「あのねー、クソ女は余計じゃない?」
「目敏いなー。このお嬢さんは」
佳乃くんからのフォローにまんまと引っかかってしまって、いつの間にか仲直りをしたみたいな雰囲気になって。結局あたしたちの関係性は変わらず平行線を辿る。
佳乃くんの首筋にキスマークをつけた女が誰だったのかは結局わからずじまいだった。だがどうせ、有象無象の女だ。あたしよりも歳を食ったババアであることは間違いない。
あのときは酔っていたから正確な判断ができなかったけど、そもそも佳乃くんは、自分の体にキスマークをつける女が大嫌いだったはずだ。
おそらく佳乃くんは、キスマーク女とあたしを天秤にかけて、あたしを選んだ。そうじゃなかったら、こうして佳乃くんが自分からあたしに連絡を寄越して、また会おうって言ってくるわけがないのだから。
佳乃くんは気に食わない女を切れる男。あたしは、まだ、佳乃くんに認められている。若さゆえか、それとも他の要因があるのかは、わからないけれど。
煙草を灰皿に押し付けて火消しをした佳乃くんは、窓を閉めながら、甘えるような声を出した。
「眠くなってきた。寝てもいい?」
「もー。特別ね」
「ん。1時間経ったら起こして」
佳乃くんは最悪なひとだから、事後は煙草を吸って、ピロートークはそこそこに眠りについてしまう。これは今に始まった話ではない。毎度のことなのだ。彼はきわめて本能に忠実に生きている。
もっと構ってほしいから、いつもは駄々をこねて2回戦をねだるけど、今日は眠ってくれて構わなかった。
むしろ、眠ってくれた方が好都合だ。
佳乃くんの瞼がゆっくりと閉じていき、そのうち天使みたいな寝息を立てた。このひとは、いつどこでも眠れるタイプの人間だ。女の子をほったらかしにして、何も気にせず寝ることができる、隙のある悪い男って感じ。
あたしはベッドサイドに投げられていた佳乃くんのスマホを手に取って、素知らぬ顔で佳乃くんの部屋を出る。