夜盲


 ピアスを開けたのなんて、かなり前のことだ。

 佳乃くんにこの穴を開けてもらった日から今日に至るまで、乃亜くんとは何度も顔を合わせているはずなのに、ずっと気づいていなかったなんて。

 このひと、カノジョが前髪を切っても気づかないタイプなんだろうな。



「どう? 似合う?」



 左耳に髪の毛をかけて、乃亜くんに見せつける。乃亜くんは瞬きもせず、あたしの左耳をじっと見つめた。



「似合ってない」

「は?」

「どうせ佳乃の影響でしょ」



 乃亜くんは膝をかかえて、伏し目ぎみになる。彼の目線の先には、佳乃くんのスマホがあった。もちろん、まだあたしの手の中にある。

〈好きな子できたからもう会えない〉と知らない女に送りつけるのは次で3人目だった。送信して、ブロック。そろそろこの辺でやめておかないと、勝手に女の連絡先を消したことが佳乃くんにバレてしまいそうだ。でもどうしよ。きもちよくてやめられない。



「乃亜くんって、モテないでしょ」

「…………」

「佳乃くんに開けてもらったこのピアスが、似合ってないなんて、ありえないから」

「すげー理屈」

「恋は理屈じゃなくて、感情でするものでしょ?」



 耳にかけていた髪の毛を下ろし、元通りにピアスを隠す。

 佳乃くんにキスマークをつけたと思しき女を発見した。31歳の、若作りしてる主婦のゆりこさん。佳乃くんってほんとに、誰でも抱けるんだ。最悪。

 もちろん、ブロックした。もう二度と佳乃くんに関わらないでほしい。



「乃亜くんも、恋をしたらわかるよ。理屈とか関係なくなって、感情に振り回されて自分が愚かになっていくことを、自覚していても止められない、みたいな」

「恋をしたら、夢見さんの言ってることが理解できるようになる?」

「もちろんですとも」

「どーかな。おれには理解できそうにないけど」



 作業を終えて、スマホの画面を暗転させる。

 佳乃くんにはあたしがいればいい。人肌に触れたい寂しい夜も、欲望を発散したいだけの手軽な行為も、愛のないピロートークも、ぜんぶあたしが相手になればそれでいいじゃん。佳乃くんなら、どんなに酷いことをされても許せるから、だから佳乃くんはあたしだけを見ていればいいと思う。



「乃亜くん。これからも、今日みたいに協力してよ。あたしが佳乃くんと一緒になれば、乃亜くんには平穏な毎日が訪れるはずだし、利害は一致してるでしょ?」



 上目遣いでねだるように言ってみる。だって、これからもこうして佳乃くんのスマホを見ることができたら、何かと便利だろうし。

 乃亜くんは呆れたように目を細め、首からぶら下げていたヘッドフォンをもう一度装着した。

 答えは、ノーだ。



「ヤダ。面倒臭いし」

「乃亜くんの、けち」

「んだよ、メンヘラ女」

「隠キャゲーマーくんに言われたくありません」



 そう吐き捨ててやる頃にはもう、乃亜くんはすっかり画面の中に夢中になっていた。ばきゅんばきゅん、ずどん、ずどどどん。ヘッドフォンからの音漏れが激しい、いつものシューティングゲームだ。楽しいのかね、それ。

 あたしは黙って乃亜くんの部屋を出る。

 佳乃くんの部屋に戻り、スマホを元の位置に戻した。何も知らない佳乃くんはさっきとまったく変わらない体勢で、すう、すう、と微かに寝息を立てて眠っている。

 そんな佳乃くんの寝顔は神様の芸術作品って感じでやっぱり大好きだった。佳乃くんの周りにある汚い事情にはぜんぶ見ないふりしてあげるから、あたしの愚かしさも愛してよ。

 ねえ、どうか愛して。




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