夜盲
12月とミディアム
ひとりで雨に打たれる心細さを経験してもなお、天気予報を確認しないあたしの迂闊さはちっとも直らなかった。今年は秋雨が長引いているみたいで、昼休みに降り始めた細雨は放課後になっても止む気配がない。もちろん、傘はない。
だって、朝には晴れていたんだもん。急な雨になんか、対応できないに決まってる。
左手で前髪を守りながら、アスファルトに溜まる水溜りを避けて小走りになる。
向かう先は、体育館のそばにある、屋根のある駐輪場だ。ちょうどここは、自動車も通り抜けられるロータリーみたいになっていて、雨の日に親に送迎を頼む子たちは、みんなここで親の運転する車を待つことになる。
昇降口からこの駐輪場まで、前髪を守ることはできたけれど、後ろ髪は雨に当たってぼさぼさになってしまったし、制服も濡れてしまった。あーもう最悪。
雨に萎えながら、手櫛で髪の毛を整えているときだった。
向こうから、ビニール傘を差しながらこちらに向かって悠々と歩いてくる影がひとつ。あたしの顔を見て、げ、と言いたそうな顔をする。
「乃亜くんじゃん」
「……どーも」
「乃亜くんも迎え待ち?」
「うん」
乃亜くんはビニール傘を畳んで、がしゃがしゃがしゃ、と傘の水滴を弾き飛ばす。ちょっとこっちに飛んできてるんですけど。すこしはこっちのことも気にしてほしい。
髪の毛を手櫛で整えたあと、そのまま、ブレザーのポケットに忍ばせていたヘアゴムで、髪の毛をうしろで一つにまとめる。髪の毛を結ぶと校則違反のピアスが外から丸見えになってしまうけど、今ここには乃亜くんしかいないし、別にいいや、と思って。
乃亜くんはビニール傘のベルトを留め、ブレザーのポケットからスマホを取り出した。
「夢見さん、髪の毛伸びた?」
「あー、うん。伸ばしてる」
「なんで」
「佳乃くん、ロングの方が好きなんだって」
乃亜くんは珍しくスマホを縦に持った。横持ちのゲームじゃないなんて、珍しい。SNSでも見ているのかな。
気になったので横目で画面を覗き見ると、彼はふつうにソシャゲをしていた。結局ゲームかよ。面倒くさがりなくせに、ログインボーナスは12日連続を達成しているなんて、変なの。乃亜くん独特の、妙な生真面目さ。あたしにはこれがどうにも理解できない。
乃亜くんは一瞬だけ目線をこちらに動かした。
「……切ったらいいのに」
「は? なんで」
「似合ってない」
突然乃亜くんから飛んできた台詞に、かちんと来てしまう。
衝動的に横から手を伸ばし、乃亜くんのスマホを上から掴んだ。
普段だったらこれくらいのことで怒ることはないけれど、あたしはそもそも、雨のせいで気分が萎えていたのだ。そこに追い打ちをかけるような乃亜くんのノンデリ発言に、苛立たないといえば嘘になる。
彼のスマホを掴んだはずみに電源ボタンを押してしまったようで、画面がスリープ状態になった。ソシャゲのプレイを邪魔された乃亜くんはあたしの顔を見て、眉間にしわを寄せる。
いやいや、怒りたいのはこっちなんですけど。
「乃亜くんさー、なんなの? 髪の毛をどうしようが、そんなのあたしの勝手じゃん」
「わかった、手離して」
「ピアスのときもだけど、なんであたしが乃亜くんにそんなこと言われなきゃいけないの? 佳乃くんの好みに合わせて見た目を変えるあたしがそんなに滑稽?」
「……そりゃあ、滑稽だろ」
ここまで来たら売り言葉に買い言葉ってかんじだった。ていうか、ふつうに乃亜くんの発言にむかついていた。
だって、あたしがピアスをしてようが髪の毛を伸ばそうが、乃亜くんにはまったく関係ないでしょ。なのにこうして、滑稽だって馬鹿にされて。腹が立たないわけがない。
「なにがそんなに面白いの? 言ってみてよ」
「どうせ佳乃は、夢見さんのことなんか好きにならないから」
「なんでそんなひどいこと言うの?」
「佳乃が一番無理なタイプでしょ。メンヘラで直情的な女とか」
頭を鉄バットで殴られたような不快感で、頭に血が上る。でも、言い返せなくて悔しい。だって乃亜くんは、あたしが佳乃くんに執着してることを誰よりも知ってる。