夜盲
◇
佳乃くんから連絡が来ると、軽率に表情筋が緩んでしまうから困る。
飾りも何もない、〈今日放課後うち来て〉のメッセージに、あたしは嬉々として〈はーい♡〉と返信する。都合の良い女であることは自覚しているけど、やめられないのだから仕方ない。
「よーいー。何にやけてんの。男?」
彩海がお弁当をつつきながら、あたしの顔を覗き込む。やっぱり、佳乃くんからのメッセージに返信しているときのあたしは、無意識ににやついてしまっているらしい。
「うん。好きな人」
「町田兄でしょ?」
「そう、町田兄」
「宵って、町田弟に靡いたりしないの?」
「んー。顔は似てても、雰囲気が全然違うから」
このグループで佳乃くんと乃亜くんの話をするときはみんな、佳乃くんを町田兄、乃亜くんを町田弟と呼ぶ。なぜそうなったのかは覚えていない。どうせ、伊織か紗良の悪ふざけだ。
返信を終えたスマホを机の上に置き、食べかけだったコンビニのドーナツの続きを食べ進める。
「ていうかさー。町田弟、ふつうにかっこよくない?」
あたしと彩海の会話を聞いていた紗良が、そう零した。紗良は菓子パンを一口かじり、それを咀嚼しながら続ける。
「目立たない感じだけど、ふつうに顔整ってるよね?」
「なに紗良。狙ってんの?」
「ちーがーう。個人的に推してるだけ!」
「とかいって、そのうち好きになっちゃった〜とか言うでしょ?」
紗良はたしかに、惚れっぽい。
しかも紗良のストライクゾーンはめちゃくちゃ広くて、多分この中では一番、元カレのラインナップが豊富だ。田舎のマイルドヤンキー、生真面目な生徒会長、塾の先生、それから他校の後輩に至るまで、色々な人と付き合ってきたはず。
紗良はとにかく面食いで、顔さえ良ければどんな人でもイケるらしい。もちろん、安易な付き合いを繰り返すせいで、どの彼氏とも長続きはしていない。
あたし的には乃亜くんみたいな退屈な男なんてナシ寄りのナシだけど、紗良にしてみれば、むしろ余裕で対象圏内に入るらしい。
そりゃあ、乃亜くんも、佳乃くんに似ているのだから顔は悪くないと思うけど。だけど、乃亜くんと楽しい恋愛ができるなんて思えない。隠キャだし。ゲーマーだし。たまに意味わかんないこと言うし。
だけど、あたしたちは全員、恋バナを嗜好としてる。誰も紗良を止めることはしないし、むしろ全員、紗良と乃亜くんがどうにかなっちゃえばいいと思ってる。だってその方がおもしろいから。あたしたちは、一過性の娯楽に真剣になることができる。
「てかさ、宵は町田弟に彼女いるか聞いてこれないの?」
「聞くまでもなく、いないと思うよ?」
「じゃあ好きな人は!?」
「それはわかんない。なになに、乃亜くんに好きな人いるか聞けばいい感じ?」
軽薄なノリと白熱したトークの延長で、いつのまにか、紗良が乃亜くんを本気を狙っているみたいな空気感ができあがっていた。だけど紗良の方はまんざらでもなさそうだ。話を聞く限り、紗良は割と真剣に、乃亜くんのことが気になっているんだと思う。
さらにその流れで、乃亜くんに好きな人がいるかどうかを、あたしが調査してくることになってしまった。理由は明白で、この4人の中ではあたしが一番、乃亜くんと接点があるからだ。
あたしはそれを快く引き受けた。今日だって放課後に町田家に行く予定ができたし、佳乃くんに会うついでに、乃亜くんにそれとなく聞いてくれば良いだけの話だ。