夜盲
1月とアイシャドウ
あれからしばらく経ったが、佳乃くんとの関係も、乃亜くんとの関係も、べつに何も変わらなかった。
佳乃くんとは相変わらず付かず離れずの距離感でたまに身体を重ねて、乃亜くんと会えば軽く会釈をする。それ以上にも以下にもならないまま、高校は冬休みに入り、クリスマスは彩海たちと遊んで過ごし、年を越し、それからまた学校が始まった。
乃亜くんから好意を向けられているという事実は、事実のままに受け入れはしたが、あたしは乃亜くんへの返事をうやむやにしたままでいる。
あたしが好きなのは佳乃くんの方で、それだけは絶対にひっくり返らない。
仮にあたしが乃亜くんにきちんと返事をしたとしても、それはきっと悪い返事にしかならない。乃亜くんだって、それを理解しているはずだ。
だから乃亜くんはあたしに返事を求めない。あたしも、乃亜くんからの好意には見なかったふりをしてる。ゆえにあたしと乃亜くんの関係は何も変わらない。乃亜くんが求めるなら、あたしはいつでも乃亜くんを振ることができるけど、乃亜くんがそれを望まないのなら、そのままにしておくことだってできる。佳乃くんのおかけで、関係に名前を付けないもどかしさを許容できるようになってしまった。
あたしは、あたしを追ってくれるつまらない男よりも、ちっともあたしに振り向いてくれない刺激的な男が好き。ただそれだけの話なのだ。
今日だってこうして、ホテルの一室で煙草の煙をくゆらせる佳乃くんに、抱かれにきた。
ホテルがいいってねだったのはあたしのわがままだ。だって、佳乃くんの部屋に行くと、絶対に乃亜くんに会っちゃって、気まずくなるから。別に乃亜くんと話せないわけじゃないけれど、会わなくて済むなら会いたくない。
いつものホテルの、304号室。ベッドサイドに置かれた黒い灰皿に煙草の灰を落とした佳乃くんは、シーツの上で黄昏れていた。あたしとお揃いの、白いバスローブに身を包んでいる。すでにさっき、一度目の性行為を終えたばかりだ。
「乃亜って、宵のこと好きなのかな」
一吸いして、煙を天に吐き出す。佳乃くんの煙草の煙は密室の中で滞留し、そのうち輪郭があいまいになった。あたしは、その煙草の煙ですらも好ましく思っている。それが佳乃くんから吐き出されているものならば、なんだって愛せるのだ。
「なんでそう思うの?」
「兄弟の勘」
「へえ。珍しくお兄ちゃんっぽい発言」
佳乃くんに擦り寄って、「ちゅーして」とねだれば、挨拶みたいに軽いキスが数回落とされる。すり寄る猫と、それを軽くいなす飼い主みたいな構図だった。
くちびるが離れてしばらくすると、つんとした副流煙のにおいが鼻腔を抜ける。彼がまた煙を吐き出したらしい。
「ほら、乃亜ってわかりやすいじゃん」
「そうかな? それは佳乃くんが、乃亜くんのお兄ちゃんだからだと思うけど」
「そういうもん?」
「そういうもの」
佳乃くんは、乃亜くんをわかりやすいひとだって言うけれど、あたしが乃亜くんを理解できたことなんて、一度もない。もちろん佳乃くんを理解できたこともない。あたしの理解に及ばない町田家兄弟は、逆にお互いのことをよく知れるようになるのだろうか。
なんかそれって、ずるいなあ。佳乃くんは乃亜くんを理解できて、乃亜くんも佳乃くんを理解できているのに、あたしだけが蚊帳の外だなんて。佳乃くんと乃亜くんの生態を理解できれば、あたしが抱えている一方通行の恋の悩みなんて、すぐに解決できてしまいそうなのに。