夜盲



「やっぱり、そうなんだ」

「察してた?」

「女の勘は、舐めない方がいいですから」

「こわ」



 女の子っていう生き物は、好きな男の前では馬鹿なふりができるけど、男が思うよりもしたたかで、嫉妬深くて、別の女の匂いには敏感だ。



「佳乃くんに連絡してきたのが本当に昔付き合ってた元カノだとしたら、なんでその女が佳乃くんに電話なんかかけてくるの?」

「帰国するんでしょ」

「帰国?」

「あの人、海外の大学に行ってて、2月下旬の春休みの時期だけ、毎年帰ってくるから」

「なにそれ。だとしても、別れてるくせに連絡してくる元カノとか、キモいんだけど。最悪」



 あたしが吐き捨てた、ほとんど当てつけみたいな愚痴に、乃亜くんは何も反応しなかった。これが女友達だったら、キモい、最悪じゃん、って共感してくれるところだけど、乃亜くんはそこまで気が回らない。

 本当にこの間の電話相手が、佳乃くんの元カノだったらどうしよう。

 だって、勝てない。あの佳乃くんが過去に本気で愛した女になんか、敵うわけない。元カノとはいえ、その人は佳乃くんに選ばれたことがある。だけどあたしはまだ、佳乃くんに選ばれていない。こんなに努力してるのに、こんなに自分の身体と心を捧げたのに、佳乃くんはあたしを彼女にしてくれない。

 それを自覚しているからこそ、どうしても佳乃くんの元カノには敵対的な反応をとってしまう。佳乃くんに近づく女なんか全員死ねばいい。ていうか、本当にキモい。元カノなんて、結局は使い古されたボロ雑巾のくせに、調子に乗らないでほしい。

 悶々とひとりで考え事をしながら、癖でスマホの通知をチェックする。通知バナーにメッセージアプリのアイコンがあって、それを開くと、〈町田佳乃〉の名前が表示されていた。

 彼から連絡が来ている。それだけでまだ、生きていける気がした。

 通知バナーを拡大表示させる。



「……え、」



 目を見開いて固まったあたしを訝しむように、隣から「どうしたの」と声が降ってくる。

 あたしは画面を目の前にしたまま動けない。



「夢見さん?」

「どうしよ、佳乃くんが、佳乃くんが」

「は?」

「佳乃くんが、もう会えないって」



 時間が止まってしまったような気がした。



〈申し訳ないけど、もう会えないと思う〉



 無機質な文字の羅列を、この一瞬で何度も何度も目で追った。そのうち、ひとつひとつの言葉の意味すらもまともに考えられなくなってくる。



「乃亜くんどうしよ、なんで、なんであたしが」



 息の吸い方と吐き方がわからなくなってくる。画面に浮かび上がった〈会えない〉の4文字が網膜に焼き付いて離れない。

 会えないって、なに。会えないってこと? なんで急に。なんであたしが。なんで選んでくれないの。なんで。なんでなんでなんで。

 画面を触らずにそのままにしていたせいで、スマホの画面が自動的に暗くなり、そのうち消灯する。暗転した画面にまだ、〈会えない〉の4文字がこびりついている気がした。

 あたしはひたすらに無力だった。

 乃亜くんはなぜかばつが悪そうな声色で、「ごめん」と意味のわからない謝罪をした。

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