夜盲

2月とブラウス



 食欲が、まったくない。

 甘いものも、しょっぱいものも、辛いものも、全部気分じゃない。かろうじてチョコレートを一粒だけつまみ、ミルクティーで流し込むことはできたけれど、それ以上何かを食べる気にはならなかった。

 恋の厄介な部分だ。あたしは恋愛のことで悩み始めると、それ以外のことが何も手につかなくなってしまう。



「全然食べてないじゃん。大丈夫なの?」



 あたしの目の前に座っている彩海が、あたしの目の前に置かれていた12粒入りのチョコレートのパッケージを爪でとん、と叩き、「こんなのでお昼足りるわけないじゃん」と言う。

 そんなのあたしだってわかってる。わかってるけど、食べられないものは食べられないのだ。



「なんかお腹空かなくて」

「もしかして、うまくいってないとか?」



 彩海の台詞には主語がなかったけれど、それが恋愛のことを指しているのは明白だった。

 あたしは割と単細胞だから、全ての物事を、その場のノリと勢いで決めがちだ。それに加えて、考える前に行動してしまうという軽率さも持ち合わせている。唯一あたしが立ち止まってまともに悩むのは基本的に恋愛に関することだけで、彩海はそんなあたしの性格をよく理解していた。



「嫌われたかも」

「町田兄に?」



 こくん、と頷くと、彩海は眉をひそめて、「大丈夫なの?」と尋ねてくる。「だいじょぶなんかじゃないよー」と泣き言を垂らすと、隣であんぱんを頬張りながらスマホを触っていた伊織が、「ひどい男だ」と共感のしぐさを見せてくる。紗良はスマホをスクロールしながら、菓子パンの咀嚼を続けていた。

 佳乃くんから送られてきたメッセージのことなんて、ここでは言えない。彩海には今すぐにでも相談したいけど、伊織や紗良がいる場所では、無理だ。

 彩海、伊織、紗良、それから、あたし。1年A組の運命共同体は、最近、あたしと彩海、伊織と紗良の2人組に分かれることが多くなってきた。

 そりゃあもちろん、昼休みのときはこうして、4人で固まってお昼ご飯を食べるけれど、この中では彩海が一番あたしのことをよく知っているし、彩海のことはあたしが一番よく知っている。伊織と紗良も、たぶん同じように、ふたりの中でしか通じ合わない呼吸があると思う。決して4人の仲が悪いっていうわけじゃないけれど、その中にも優先順位が生まれたというかんじだ。



「次移動教室だし、早めにリップ直しに行かない?」



 伊織がそう言うと、みんな頷いた。ブレザーのポケットにグロスとコームが入っていることを確認してから、あたしも立ち上がる。

 廊下を4人で広がって歩くことも、最近は滅多にない。あたしと彩海が前に、伊織と紗良が後ろに続き、トイレまでの道のりを闊歩する。トイレはF組の前にあるから、A組の教室からは少し遠い。

 D組の前に差し掛かったときだった。

 廊下にある個人ロッカーから、教科書とノートを取り出している男子生徒がひとり、あたしを見つけて、「夢見さん」と呼びとめる。



「今、ちょっといい?」




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