夜盲


 あたしを呼び止めたのは乃亜くんだった。

 あたしと彩海はその場で立ち止まる。つられて、後ろを歩いていた伊織と紗良も足を止めた。



「……なに。すぐ終わる?」

「うん、すこしだけ」

「あー、うん」



 彩海に目配せをすると、気を利かせた彩海が、「じゃーうちら、先行ってるね」と言う。歩き出した彩海の背中に、「あとで行くからー」と投げかけると、軽快な「りょーかーい」が返ってきた。

 一方で紗良は、ほんのちょっとだけ首を傾げながら、伊織に対して、半笑いで「行こ」と小さく言う。

 あたしは視界の端っこでそれを捉えて、げんなりとした。

 面倒事が、またひとつ積み重なっている。

 紗良のことが、最近よくわからない。

 紗良は確かに、乃亜くんのことが気になると言っていた。だからこの4人の中では、あたしが町田兄を、紗良が町田弟を狙っている、みたいな図式があったわけだけど、最近、紗良からの敵対心みたいなものを感じるのだ。

 それはたぶん、あたしが乃亜くんと絡んでいるからなのだろうけど、でもそれは、あたしが佳乃くんに近づいたり、佳乃くんのことを知ったりするためだ。あたしが乃亜くんを狙っているわけじゃない。

 確かにあたしは乃亜くんから告白されてしまったけれど、乃亜くんがあたしを好きになったのはただの偶然で、あたしが意図的に紗良の恋を邪魔しようとしてるわけじゃない。

 だけどあたしが仮に、紗良に対して弁解をしても、きっと火に油を注ぐだけだろう。紗良はわりと、キレやすい。

 そういう事情もあるから、学校で乃亜くんに話しかけられるのは、ちょっとだけ迷惑なのだ。

 だが乃亜くんはそんな事情など全く知らない。彼はゲームとあたしにしか興味がない。



「佳乃のこと、まだ気にしてる?」

「当たり前じゃん」



 そんなことを聞いて、何がしたいのだろう。あたしを嘲笑いたいのだろうか。

 あたしが佳乃くんに拒まれたあの日、呆然とするあたしの隣で、乃亜くんはずっと苦そうな顔をしていた。

 あれから乃亜くんは、佳乃くんと家で話したりしたのだろうか。知りたい気持ちと聞きたくない気持ちが共存している。



「夢見さん。放課後、うち来る?」

「もう行けないよ。佳乃くんから来ないでって言われてるの、知ってるくせに」

「佳乃が目的じゃなきゃ、来れるでしょ」

「それは、乃亜くんを目的にしろってこと?」



 乃亜くんが遠慮がちに頷いた。

 こっちの事情も知らないで、白々しい。



「それに今日、佳乃はいないから」

「なるほど、家宅捜索できるってわけね?」



 ふうん、佳乃くんの部屋に入れちゃうわけだ。

 それだと話が変わってくる。

 あたしは、佳乃くんが嫌いなメンヘラ女。そこに情報があるとわかっているなら、見ない方が良いモノも、見てしまいたくなる。



「わかった。行く」



 頭の中には、佳乃くんから送信された、〈もう会えないと思う〉の文字と、半笑いで首を傾げる紗良の顔が、交互にフラッシュバックする。

 どう考えたって、行くべきではない。佳乃くんに嫌われてしまう。紗良に嫌われてしまう。

 だけど。それでも。

 それでもあたしは、あたしがしたいことをして、やりたいことをする。

 だから、あたしは行く。あたしは16年間、ずっと、こうやって生きてきた。生き方は、そう簡単には変えられない。

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