夜盲
◇
ふたりで町田家の最寄り駅に降り立ち、アスファルトを踏みしめる。
からりと乾いた空気と、徐々に濃くなり始めた夕方の空が、夜の気配を匂わせていた。
夜が近づいてくるたびに、あたしはいつも、佳乃くんのことを思い出す。
佳乃くんは夜が似合う人だ。ネオンライトにびかびかに照らされて、その中心でへらりと笑って、自由にどこまでも歩いてゆく黒猫みたいに、現れたり消えたりを繰り返して、あたしの手の中からすり抜けていく。あたしは佳乃くんに盲目だから、光の消えた夜はほかに何も見えなくなってしまう。
「乃亜くん。安藤花音さん、って、知ってる?」
「……佳乃の、元カノ」
「へえ、やっぱりそうなんだ」
「なんで」
「あたし、その人のライン、消したらしい」
乃亜くんに、佳乃くんのスマホの顔認証を突破してもらって、勝手に佳乃くんのスマホから女の連絡先を消しまくったあの日、あたしはたぶん、花音さんの連絡先も消していた。
害のありそうな女を片っ端から消していたのだから、佳乃くんの元カノである花音さんが、あたしの嫌悪センサーに引っかかったのは、自然な話だ。
「それで佳乃に怒られたの?」
「まあ、そうだね」
〈なんで会えなくなるの?〉って、文面で佳乃くんに問い詰めたら、〈おまえ、花音の連絡先黙って消したでしょ〉と無機質なテキストメッセージが送られてきた。あたしはそのとき、ああ、失敗してしまったんだって思った。
佳乃くんと一緒にホテルにいたとき、電話を掛けてきたのは、たぶんほんとに、佳乃くんの元カノだった。〈好きな子できたからもう会えない〉っていう、あたしがでっち上げた適当なメッセージを送りつけられた後に、佳乃くんと連絡が取れなくなってしまった花音さんは、痺れを切らして、電話帳に登録してあった佳乃くんの電話番号に直接電話を掛けてきたのだろう。それで佳乃くんが、知らない間に自分のスマホから花音さんの連絡先が消えていたことに気が付いて、それをあたしの仕業だと判断したのだろう。まあ、その通りなのだが。
あたしの軽率な言動が、きちんと自分自身に返ってきた。言ってしまえばそういうことだった。
今更悔いても、時間は巻き戻らない。
ふたりで町田家の扉をくぐる。玄関でローファーを脱ぎ、リビングを通り過ぎて、階段を上る。手前側が佳乃くんの部屋で、奥が乃亜くんの部屋。あたしは手前側の部屋で、何度も何度も、あの人と身体を重ねた。その一瞬一瞬が、全部愛しかった。
あたしはただ、佳乃くんに愛されたかっただけだった。
「気の済むまで、探偵ごっこしてていいよ。おれは、自分の部屋にいるから」
あたしは、どうすればよかったのだろう。
考えても考えても、わからない。
仮に佳乃くんと出会う前に戻れたとしても、あたしはきっと、佳乃くんに恋をして、身体を重ねて、愛してくれない佳乃くんに狂って、また同じことをしたと思う。
「乃亜くんは、どうしてここに連れてきてくれたの」
「おれは、夢見さんがここに来てくれる理由がほしかっただけ」
「へえ、言うようになったね」
「だって、こういうふうに言わないと、夢見さんは怒るでしょ」
「そうね、うん。そうだったね」
あたしは苦く笑って、佳乃くんの部屋の扉を開ける。