夜盲
佳乃くんの部屋は以前からほとんど変わっていなかった。灰皿には煙草の吸殻が落ちていて、ベッド周り以外はあまり清潔感のない、だらしない男の部屋だ。
もう、見たいものは決まっている。
戸棚の一番下に、埃の被ったスニーカーの空箱が、ぴったりと収まっている。
あたしはずっと前から、それが気になっていた。佳乃くんは、ああいう大箱を大事に取っておくタイプじゃない。それなのにあの箱だけが大切に戸棚の中に収納されているのは、あの中に何かを仕舞っているからなんじゃないかって。そんな勘が働いてしまうのだ。
箱を引っ張り出して、ふたを開けた。
「あー、最悪だ」
3年以上も前の日付が書かれた映画の半券や、画質の悪いプリクラシール、それから手紙などが、当時の熱量をそのままに、閉じ込められていた。プリクラシールには今よりもすこし若い佳乃くんとその元カノがばっちり写っていた。女はあたしと同じ高校の制服を身に着けていて、やっぱりきちんと、ロングヘアだった。
透明のケースに入ったCDもいくつか仕舞われている。その中のひとつを手に取ると、黒いマジックペンで、〈パッヘルベルのカノン by カノン〉と書かれている。あたしはそのタイトルをどこかで聞いたことがある気がしたけれど、それが何だったのか思い出せない。
だけどもう、十分だ。
あたしは箱を元の場所に戻し、佳乃くんの部屋を出る。
そのまま、隣の部屋の扉を開けた。
「のーあくん」
「…………」
「めずらしくゲームしてないんだね」
乃亜くんは、殺風景な部屋の真ん中で、膝を抱えていた。じっと何かを待つようにして、ただ、そこにいる。
あたしは乃亜くんの背中側に座り込んで、その背中に頬を寄せた。
「佳乃くんの元カノ、どんな人だった?」
「自由人」
「佳乃くんよりも?」
「佳乃よりも」
「ふうん。癪に触るね」
佳乃くんが女を振り回していたんじゃなくて、女が佳乃くんを振り回していたのか。
そんなの、今と全然違うじゃん。
「花音さんは、高校出て、推薦で海外の音大行ったから佳乃と別れたけど、たぶん、まだ好きなんでしょ」
ああ、そうだ。
パッヘルベルのカノンは、ピアノの曲だったはずだ。
好きなんでしょ、の主語がどっちなのかわからなかったけど、それを聞いたら傷つく気がした。
佳乃くん、ああ見えて、好きな女のことはきちんと大事にするタイプだったのかもしれないって、そんなことを考えると、悔しいのだ。あんなふうに軽薄に女と関係を持つくせに、好きな女の思い出にすがって、馬鹿みたい。