夜盲
学校を出て、駅までの道を歩く。
乃亜くんと恋人らしい会話をすることもない。そもそもあたしがこうなってしまったのは全部乃亜くんのせいだ。あたしが佳乃くんに嫌われてしまったのも、紗良とぎくしゃくしているのも、乃亜くんがいなかったら起こらなかった悲劇なのだ。
表向きでは恋人みたいに肩を並べて歩いているけれど、あたしは乃亜くんを恨んでいるし、乃亜くんはあたしに対する罪悪感と憧憬でいつも苦しそうな顔をしている。
それでも乃亜くんから離れられないのは、乃亜くんが全面的にあたしの味方であることがわかっていて、他でもないあたし自身が、それに甘えているからだ。
「花音さん、向こうの大学辞めて、こっちの芸大の音楽科に編入するらしいね」
「なんで夢見さんがそんなこと知ってんの」
「インスタ特定したから」
「そーいうの、もうやめたらいいのに」
「元はといえば乃亜くんのせいでしょ」
「……ごめん、謝るから、泣きそうな顔しないで」
最近のあたしは、情緒がぐちゃぐちゃだった。
怒ったり泣いたり不安になったり死にたくなったり、そんな感情の波をずっとずっと繰り返している。
A組では常に紗良のことを考えながら過ごさなくてはいけなくて、ずっと好きだった男からは嫌われてしまって、乃亜くんからは好意と罪悪感が混ざった複雑な気持ちを向けられている。そのせいで、ずっと心が張りつめていた。
昨日の夜、花音さんのインスタを特定してから、崩れがちだったメンタルの波がさらに荒くなった。花音さんは一時的な帰国じゃなくて、このタイミングで本格的に日本に戻ってくるらしい。だからわざわざ佳乃くんに電話をかけてきたのかもしれない。花音さんが帰国すれば、佳乃くんはきっと、今まで遊んできた女を全部切り捨てて、花音さんのところに戻っていくのだろう。
想像するだけで死にたかった。
乃亜くんはあたしの手首を掴んで、駅までの道を外れて脇道を歩き始める。手を引かれるがままに歩きながら、自分が泣いていることに気が付いた。乃亜くんはあたしを人気のないところに連れて行こうとしているみたいだった。このまま泣かれては人目に付くだろうから。
ブランコとベンチしかない小さな公園がその場所に選ばれた。道路に面する形で木が植えられているから、あたしの姿を隠すには丁度よかったのだろう。
あたしは俯きながら、目頭をおさえる。乃亜くんは頭ひとつ分高い位置から、やはり「ごめん」と謝罪をした。
「ぜんぶおれのせいだから、おれのせいにしていいから、だから、もう佳乃なんかに執着するの、やめてよ」
「無理に決まってんじゃん、っ」
佳乃くんの面影を残すその顔や声が、恨めしくて最悪だった。
そっち行って、って言いながら振り払っても、乃亜くんはいなくなってくれない。そういう優しいところが気に食わなかった。こういうとき、佳乃くんだったら、呆れながら煙草を吸いに行くだろうから。
あたしには居場所がない。
佳乃くんに慰めてもらうこともできなければ、A組での人間関係もぎくしゃくしている。好き勝手暴れられるのは、乃亜くんの前だけだ。だからこそこんなにも、乃亜くんの前で取り乱してしまう。
「乃亜くんなんか、きらい、大嫌い、ぜんぶ乃亜くんのせい」
「うん、そうだね」
「あたしには佳乃くんだけだったのに。好きだったの、ずっとずっと佳乃くんだけだったの」
「ごめん、ほんとに、ごめん、なんでもするから、気が済むまでおれのこと責めていいから」