夜盲
相変わらず清潔感のないその部屋に、男と、女がいる。上半身にだけスウェットをゆるく着ている男と、裸の女。
あたしは二人の表情を見るよりも先に、ローテーブルの上に置かれていた灰皿が目についた。
吸い殻ひとつ落ちていない。
「佳乃くん、煙草やめたの?」
返事を待たずに灰皿を右手で掴んで、思い切り男に向かって投げつけた。
ずっしりと重いそれが空を切る。それからすぐに、耳をつんざくような、鋭い破裂音がした。佳乃くんに向かって投げたのに、それは手前側の床に落ちる。破片が散らばる。原型を留めていない。ただのごみ屑に成り下がる。あたしとおんなじだ。良いように利用されて、良いように壊されて。死にたい。だけどあたしが死ぬより先に佳乃くんが死ねばいい。
ブランケットを裸体の上に纏ったロングヘアの女が、すっかり怯え切った顔であたしを見ている。
なにその顔。プリクラの顔とは全然違う。盛りすぎてたって感じ? つーかふつうにババアじゃん、死ねよ。
佳乃くんもなんなの? そんなババアがいいの? あたしの方が若くて可愛いでしょ? なんで? なんでなんでなんで?
「佳乃くんさー、ほんとにサイテーだよね? あたしのこと汚しておいて、自分は悠長に本命の女とセックスですかあ? キモいっていうかー。最悪っていうかー。ほんとうにあり得ないっていうかー」
「おまえ、何? 家来るなって言ったでしょ?」
敵対心むき出しの口調で、彼はつめたく言い放った。
なんなの。最後に会ったときは調子のいい顔であたしのこと抱いたくせに。最低。ほんとうに佳乃くんって最悪。なんなの。今までのは全部嘘だったの?
「乃亜くんが呼んでくれたのー。乃亜くんって、佳乃くんと違って優しいからさあ?」
佳乃くんが壁越しに、隣の部屋に向かって、乃亜!!!! と弟の名前を叫んだ。乃亜くんを呼んで、あたしを止めさせようとしているのかもしれない。
無駄だよ。乃亜くんは来ない。
乃亜くんはあたしの味方だから。世界で唯一、あたしのことを裏切らない男だから。おもしろくないしつまんないし退屈な男だけど。