密かに… そっと…
「はぁ……」

二十歩に一回くらいのペースで、ため息を吐きながらバイト先へ向かう。

「せっかくのお誘い……」

ぽつりと呟いて、またため息。

そんなことをしながら店のドアへ手をかけた、そのとき。

「おはようございます」

突然、後ろから声をかけられた。

ビクッと肩を揺らして振り返る。

そこには、詩音くんが立っていた。

(ち、近い……!)

「お、おはよう、詩音くん」

慌てて返事をする。

……あれ?

なんだろう。

どことなく、違和感がある。

いつもより、視線が合いにくい気がした。

というか――近くに立つと、思ったより目線が高い。

「詩音くん、背……伸びた?」

思わず口からこぼれた。

「あっ……。たぶん。そうみたい」

少し照れたように、詩音くんが答える。

そういえば、昨日は休憩室でずっと座っていたし、ゲームをしてるときも隣同士だった。

こんなふうに、真正面で顔を合わせる距離に立ったのは、意外と久しぶりかもしれない。

今までは、眼鏡の印象ばかり強くて気づかなかったけど――。

今日はコンタクトだからなのか、やけに目線の高さが気になる。

少しだけ、見下ろされている。

そう気づいた瞬間、ドキドキが止まらなくなった。

(眼鏡だけじゃなくて、身長も……)

心の中では、アイドルのライブに出てきそうな大きな大太鼓が、ドンドンッと力強く鳴り響いていた。

「きょ、今日は昨日より早いんだね。体調はどう?」

黙っていると、心臓の音に飲み込まれてしまいそうで。

慌てて話題を変えながら、お店のドアを開ける。

「今日まで部活は休むんですけど、身体を動かしてないと落ち着かなくて」

詩音くんは苦笑いしながら、肩にかけたバッグを軽く持ち直した。

「あー……なんか分かるかも」

「三波さんもですか?」

「私はじっとしてるの苦手なだけだけどね」

そう返すと、詩音くんが小さく笑った。

ドキッ

「わ、私、着替えてくるね!」

逃げるみたいに休憩室へ向かった。

仕事が始まってしまえば平常心。

忙しく動いている間は、余計なことを考えなくて済む。

……とはいえ。

(今日も休憩、一緒になったりしないかな)

昨日みたいに。

また二人でご飯を食べて、ゲームして。

そんな期待をしていたのは、否定できない。

(店長……今日も二人ランチ、お願いします)

心の中でそっと手を合わせる。

(お仕事頑張りますから……!)
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