密かに… そっと…
「たっだいまー」

「おかえり。なんか良いことでもあった?」

「えっ、なんで?」

「思いっきり顔にそう書いてあるけど」

お母さんにそう言われて、思わず両手で頬を押さえる。

「ふふっ。あったのね」

お母さんがニヤリと笑った。

嫌な予感しかしない。

「そう。バイト先に好きな人でもできたのねー」

「なっ、なっ、なんで!」

思わず大きな声が出た。

「いや、違うよ!違うから!」

「あら、違うの?」

「私がハマってるゲームをしてる人がいて、一緒にできるから嬉しいなって思っただけ!」

「なるほど、なるほど」

お母さんは何度も頷く。

「一緒にゲームができる人、ねー」

「だから違うって!」

「はいはい」

全然信じてない顔だった。

そう言いながら、お母さんは夕飯の準備をするためキッチンへ消えていく。

私はダッシュで2階に駆け上がり自分の部屋に入るとそのままベッドへダイブした。

(お母さんってほんと時々すごい勘してるよね……)

(エスパーなの⁉︎)

枕に顔を埋める。

母親という生態の恐ろしい勘の鋭さに戦慄したのも束の間。

頭の中は、あっという間に詩音くんでいっぱいになった。

「きゃー」

「うひひっ」

「うわぁー……」

自分でも意味の分からない声が次々と漏れる。

他の人に見られたら、かなり危ない人だ。

(今日も詩音くんとたくさん話せたー)

枕をぎゅっと抱きしめる。

(最後なんて見た?)

(着替えるのに気を遣ってくれたんだよ?)

(やばすぎでしょ)

(優しすぎだよー、詩音くーん)

ベッドの上でごろごろ転がる。

思い出すだけで頬が緩んでしまう。

スマホを確認する。

今は17:35。

まだ詩音くんはバイト中。

(今日もゲームのお誘い来るかな)

(どうか、詩音くんから連絡が来ますように……)

パンッ パンッ。

と、沈黙しているスマホに両手を合わせた。

「風香ー、ご飯よー」

お母さんが呼ぶ声が聞こえた。

「はーい」

そう返事をして、スマホをそのまま部屋に置いて出る。

(スマホが近くにあると気になっちゃうからね。絶対、お母さんに突っ込まれる)

人差し指を眉間に当てる。

(真顔、真顔。絶対に顔を緩めるな、風香)

そう言い聞かせながら、階段を降りた。

夕食の時間は修行のようだった。

ずっとニヤニヤしているお母さんの視線を、心を無にして受け流す。

何を食べていたのかもよく分からない。

とにかく一刻も早く部屋へ戻りたかった。

「ごちそうさまー」

食べ終わったお皿をシンクに運び、そのまま足早に部屋へ戻る。

「青春ねー」

そんなお母さんの声が聞こえてきた気がしたけれど、聞こえなかったことにした。

部屋に入ると、ベッドの上のスマホを確認する。

18:45。

まだバイト中だ。

詩音くんが家に帰っている時間じゃないことくらい分かっている。

それなのに、確認せずにはいられなかった。

落胆したって仕方がないのに。

つい期待してしまう。

(詩音くん、お仕事中なんだから)

そう自分に言い聞かせて、お風呂に入り、高校生らしく課題に取り組んだ。
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