密かに… そっと…
新学期が始まったというのに、夏の暑さはまだまだ現役だった。

押して歩かないと進めなさそうな湿度を掻き分けながら、今日も『喫茶 オーク』へ向かう。

ドアを開けると、森の中みたいな木のぬくもりと、コーヒーの優しい香りが迎えてくれた。

「ただいまー」

「お帰り風香ちゃん」「おかえりー」

店長と常連のお客さんが声をかけてくれる。

(懐かしいな)

夏休みの間は午前からバイトに入っていたから、この時間からのオークは久しぶりだ。

いつもの声を聞いて、ようやく夏休みが終わったことを実感した。

「おかえりなさい、風香ちゃん」

奥のキッチンから女性が姿を現した。

「朱美さん! お疲れ様です。戻ってきたんですね」

「長い間ごめんね」

朱美さんは申し訳なさそうに笑う。

「風香ちゃんがずっと午前からバイトに入ってくれて助かったって、マスターから聞いたよ。本当にありがとう」

「そんな、大したことしてないですよ」

思わず首を振る。

実際、夏休みで時間はたくさんあったし、私は好きで入っていただけだ。

「風香ちゃん、カナダのお土産あるから食べてね」

「ありがとうございます」

私はお礼を言うと着替えに向かった。

(よし、今日からまた頑張ろう)

バスケ部は今日から練習が始まっている。

(学校ではなかなか会えないけど、私にはゲームがあるもんね)

鼻歌混じりで着替え、エプロンをつけていると

コンコン

ノックする音が聞こえた。

「風香ちゃん、ちょっといいかな?」

店長だ。

「はーい、大丈夫ですよー」

そう答えると休憩室に店長が入ってきた。

「ちょっといいかな。これからのことを少し相談したくて」

「はい?」

「実はね、白田さんがこれからも働きたいと言ってくれているんだよ。ただ、シフトのこともあるから、風香ちゃんの考えを先に聞いておきたいんだ。今後、風香ちゃんはどうしていきたい?」

「……」

(これからのこと…)

そっか。先のことなんてあまり考えていなかった…。

学校では入ってすぐから進路を聞かれていたけれど、どこかまだ先のことだと思ってしまっていた。
でも、もう二年生。
進学校であるこの学校はほとんどの人が進学する。

そういう私も、なんとなく大学に行くんだろうなと思っている。

(そうか。これから塾とか通わないといけないのかもしれない……)

(そうしたら、バイトに入れなくなっちゃうんだろうな……)

オークに来る時間が減る。

そう考えると、少しだけ寂しかった。

「そうですね。私はもしかしたら、あまりバイトに入れなくなるかもしれません。なので、白田さんにこのまま残ってもらった方がいいと思います」

そう店長に返事をした。
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