密かに… そっと…
夏休み明けの浮かれた雰囲気も落ち着き、学校も日常を取り戻した。

恒例だったバスケ部見学も人気者の春先輩が引退してからは体育館を覗きに行ってはいない。

(見学者はきっといないよね…)

そんなある日、放課後バイトへ向かおうと正門へ歩き出した頃、女子の集団とすれ違った。

「可愛くない、あの一年生」

「私も思ったー。春先輩いなくなって推しがいなくなったから、私、今度からあの子を推しにしようかなぁ」

「わかるー。あんな子今までいた?全然気づかなかったよね」
 「あんたは春先輩しか見てなかったでしょ」

「確かにー」

キャハハと高い声が響き渡った。

(あの一年生…。誰だろう…)

心臓がドクンと大きな音を立てた。

(まさか…)

その日の夜、詩音くんとのゲーム中、チャットで部活の様子を聞いてみた。

『部活はどう? 体調とか大丈夫?』

『大丈夫。たまに練習試合でゲームに出させてもらえてる』

『そっか。良かった。相変わらず、体育館は応援がたくさんいる?』

『なんか最近また人が増えた気がする』

『そうなんだ』

良かったねとも、なんでだろうねとも違う気がして、私はそれ以上何も言えなかった。

チャット欄を閉じる。

(ゲーム、ゲームに集中しよう)

次の日は朝から友達のマシンガントークにやられていた。

「ねぇ、夏休み明けのイケメンくん、バスケ部らしいよ」

「春先輩を推してた人たちが推し変して、また体育館に集まり始めたらしいよ」

そんな話ばかりだ。

(まだその話してる……)

「風香の好きな人ってさ、一年生のバスケ部だったよね」

ドキッ!

「もしかして、風香の好きな人だったりして」

ついに友達は言葉で私を突き刺した。

グフッ

(なるべく考えないようにしてたのに…)

私が心に致命傷を負ったのを確認すると、

「ドンマイ」

友達は私の肩をポンポンと叩き、自分の席へ戻っていった。

(やっぱり詩音くんなんだ……)

重くなった足を引きずるようにして、私も席に着いた。

放課後。

恐る恐る体育館を覗きに行った。

中には、思っていた以上にたくさんの女子が集まっている。

春先輩がいた頃ほどではない。

それでも、以前より明らかに人が増えていた。

私はそっと壁際に立ち、女子たちの会話に聞き耳を立てる。

「ナイッシュー、綾人ー!」

「春先輩いなくなって新体制になったけど、結構いいじゃん」

「最近、綾人かっこよくなったよね! さすがキャプテン」

(二年の綾人って声が結構聞こえるな)

もっと『詩音』という名前が飛び交っているのかと思っていた。

少しだけ肩の力が抜ける。

やっぱり注目を集めるのはスタメンの選手たちだ。

そう思った、その時だった。

「ねぇ、あの一年生かわいくない?」

「そうそう、詩音くんでしょ?」

心臓が跳ねる。

「最近、背が伸びてきたよね」

「たまに試合にも出てるし」

「わかるー。コンタクトにしてからさらにかっこよくなった気がする」

女子たちの声が次々と耳に飛び込んでくる。

私は思わず体育館の中へ目を向けた。

そこにはボールを追いかける詩音くんの姿。

汗を流しながら真剣な顔でコートを走っている。

(彼の眼鏡に隠されたカッコよさも、コンタクトにした日のことも、最近成長期で足が痛かったことも……。ずっと見てきたのに)

今では何人もの視線が詩音くんに向けられている。

それが、少しだけ寂しかった。
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