密かに… そっと…
今日は一月五日。久しぶりにシフトが入っている。
外は晴れているのに、刺すような寒さだ。
思わずマフラーに顔を埋める。
「さっむっ」
口ではそう言っているけれど、足取りはとても軽かった。
チリンチリーン――
(久しぶりに聞いたな。この『喫茶オーク』のドアベル)
私はお店のドアを勢いよく開けた。
「お疲れ様です! 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします!」
店長に向かって元気よく声をかける。
「風香ちゃん、明けましておめでとう。今年は受験生で大変だと思うけど、よろしくね」
「はーい」
店長の優しく温かな声に癒されながら着替えに向かった。
休憩室で支度をしていると、
「お疲れ様でーす」
と、可愛らしい声が聞こえてきた。
(あれ? 今日、白田さんもバイトなのかな?)
休憩室のドアがノックされる。
「はい、どうぞー」
そう声をかけると、ひょこっと白田さんが顔を覗かせた。
「お久しぶりです、風香さん。今年もよろしくお願いしますね」
こてっと小首を傾げながらそんなセリフを言える白田さんは、きっと世の人々を魅了してしまうのだろう。
もちろん、私もその一人だ。
同性の私でも、素直に可愛いと思ってしまう。
「白田さんもこれからバイト?」
私は机に鞄を置き、椅子に座った彼女に声をかけた。
「いえ、今日はシフト入ってないんですけど、宿題でどうしても分からないところがあるので、詩音くんに教えてもらいに来たんです」
ドキンッ!
大きく心臓が跳ねた。
(えっ? ここで詩音くんに勉強を見てもらうの?)
(約束してるってこと?)
私がバイトに入れない間に、二人の距離が縮まっている。
そう思うだけで、ひどく動揺してしまう。
(落ち着け。平常心、平常心……)
「そうなんだ。冬休みって宿題たくさん出るの?」
「そうなんですよー。先生たち、まったく鬼です」
白田さんはぷくっとほっぺを膨らませた。
(これが漫画だったら、きっと頭の上に『ぷんぷん』って吹き出しが出てるんだろうな)
「そっかぁ。大変だね」
ははは……。
乾いた笑いしか出てこない。
「あっ、そうだ。風香さん、知ってます?」
「ん?」
「詩音くん、中学の頃から好きな人がいるらしいですよ」
「っ!!!」
頭を重くて固いもので殴られたような衝撃を受ける。
(こ、この短時間で私の心臓を止めに来ないでほしい……!)
その場で膝から崩れ落ちそうになるのを、私は必死で堪えた。
「いや、ごめん。知らなかった……。そんな話、詩音くんとしたことなかったから……」
「ですよね。詩音くん、バスケにしか興味なさそうな顔してますもんね」
「そ、そうだね……。あっ、そろそろ時間だから行ってくるね」
「はーい。頑張ってくださーい」
(詩音くんに好きな人がいる?)
(中学から……。同じ中学の人ってことだよね?)
仕事中も、そのことばかりが頭の中をぐるぐると回り続けていた。
チリンチリーン。
「あっ、三波さん。お疲れ様です。久しぶりですね。会うの」
ぼんやりと一点を見つめながらテーブルを拭いていたらしい。
声をかけられるまで、詩音くんが来たことに気づかなかった。
「えっ、あっ。詩音くん」
慌てて顔を上げる。
「そうだね。会うの、久しぶりだね」
毎日、ゲームを一緒にしているせいか、詩音くんは長文で私に話すようになってくれている。
そのことに気づけたのに、なんだか心から喜べなかった。
詩音くんが来てから三十分ほど経った頃。
休憩室のドアが開き、詩音くんがエプロンをつけて出てきた。
(あれ? もう勉強終わったのかな?)
そのまま詩音くんはキッチンへ向かう。
少し遅れて、白田さんも休憩室から出てきた。
「風香さん、お先に失礼しまーす」
そう言って、彼女は手を振りながら帰っていった。
(本当に勉強を教えてもらっただけなんだ……)
とりあえず、白田さんと詩音くんが付き合ってしまうんじゃないかという不安は、今のところなさそうだ。
私はほっと胸を撫で下ろした。
(でも……好きな人が……)
知っている人が自分の好きな人と恋人になるのと、全く知らない、想像すらできない誰かと恋人になるのとでは、どちらがつらいんだろう。
目に見えない敵が現れたみたい。
この気持ちを、どこに持っていけばいいのか分からなかった。
外は晴れているのに、刺すような寒さだ。
思わずマフラーに顔を埋める。
「さっむっ」
口ではそう言っているけれど、足取りはとても軽かった。
チリンチリーン――
(久しぶりに聞いたな。この『喫茶オーク』のドアベル)
私はお店のドアを勢いよく開けた。
「お疲れ様です! 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします!」
店長に向かって元気よく声をかける。
「風香ちゃん、明けましておめでとう。今年は受験生で大変だと思うけど、よろしくね」
「はーい」
店長の優しく温かな声に癒されながら着替えに向かった。
休憩室で支度をしていると、
「お疲れ様でーす」
と、可愛らしい声が聞こえてきた。
(あれ? 今日、白田さんもバイトなのかな?)
休憩室のドアがノックされる。
「はい、どうぞー」
そう声をかけると、ひょこっと白田さんが顔を覗かせた。
「お久しぶりです、風香さん。今年もよろしくお願いしますね」
こてっと小首を傾げながらそんなセリフを言える白田さんは、きっと世の人々を魅了してしまうのだろう。
もちろん、私もその一人だ。
同性の私でも、素直に可愛いと思ってしまう。
「白田さんもこれからバイト?」
私は机に鞄を置き、椅子に座った彼女に声をかけた。
「いえ、今日はシフト入ってないんですけど、宿題でどうしても分からないところがあるので、詩音くんに教えてもらいに来たんです」
ドキンッ!
大きく心臓が跳ねた。
(えっ? ここで詩音くんに勉強を見てもらうの?)
(約束してるってこと?)
私がバイトに入れない間に、二人の距離が縮まっている。
そう思うだけで、ひどく動揺してしまう。
(落ち着け。平常心、平常心……)
「そうなんだ。冬休みって宿題たくさん出るの?」
「そうなんですよー。先生たち、まったく鬼です」
白田さんはぷくっとほっぺを膨らませた。
(これが漫画だったら、きっと頭の上に『ぷんぷん』って吹き出しが出てるんだろうな)
「そっかぁ。大変だね」
ははは……。
乾いた笑いしか出てこない。
「あっ、そうだ。風香さん、知ってます?」
「ん?」
「詩音くん、中学の頃から好きな人がいるらしいですよ」
「っ!!!」
頭を重くて固いもので殴られたような衝撃を受ける。
(こ、この短時間で私の心臓を止めに来ないでほしい……!)
その場で膝から崩れ落ちそうになるのを、私は必死で堪えた。
「いや、ごめん。知らなかった……。そんな話、詩音くんとしたことなかったから……」
「ですよね。詩音くん、バスケにしか興味なさそうな顔してますもんね」
「そ、そうだね……。あっ、そろそろ時間だから行ってくるね」
「はーい。頑張ってくださーい」
(詩音くんに好きな人がいる?)
(中学から……。同じ中学の人ってことだよね?)
仕事中も、そのことばかりが頭の中をぐるぐると回り続けていた。
チリンチリーン。
「あっ、三波さん。お疲れ様です。久しぶりですね。会うの」
ぼんやりと一点を見つめながらテーブルを拭いていたらしい。
声をかけられるまで、詩音くんが来たことに気づかなかった。
「えっ、あっ。詩音くん」
慌てて顔を上げる。
「そうだね。会うの、久しぶりだね」
毎日、ゲームを一緒にしているせいか、詩音くんは長文で私に話すようになってくれている。
そのことに気づけたのに、なんだか心から喜べなかった。
詩音くんが来てから三十分ほど経った頃。
休憩室のドアが開き、詩音くんがエプロンをつけて出てきた。
(あれ? もう勉強終わったのかな?)
そのまま詩音くんはキッチンへ向かう。
少し遅れて、白田さんも休憩室から出てきた。
「風香さん、お先に失礼しまーす」
そう言って、彼女は手を振りながら帰っていった。
(本当に勉強を教えてもらっただけなんだ……)
とりあえず、白田さんと詩音くんが付き合ってしまうんじゃないかという不安は、今のところなさそうだ。
私はほっと胸を撫で下ろした。
(でも……好きな人が……)
知っている人が自分の好きな人と恋人になるのと、全く知らない、想像すらできない誰かと恋人になるのとでは、どちらがつらいんだろう。
目に見えない敵が現れたみたい。
この気持ちを、どこに持っていけばいいのか分からなかった。