密かに… そっと…
ポチャン…。

お風呂に浸かりながら、詩音くんの言葉を思い出す。

『風香ちゃん!』

(風香ちゃんだって……)

顔が勝手に緩んでいく。

ふひひひひっ。

どうしても閉じた口から笑い声が漏れてしまい、慌てて鼻の下までお湯に沈んだ。

ゴボゴボゴボ……。

あの時。

私と白田さんの声が重なったあと、しばらく誰も言葉を出せず、その場に静けさだけが残った。

その沈黙を破ったのは白田さんだった。

「詩音くんって、いつも風香さんのこと名前で呼んでましたっけ?」

私は息をのんで、詩音くんの返事を待った。

「いや……ごめん……あの……」

詩音くんは手を口に当てたまま、明らかに混乱している様子だった。

ガタン、と勢いよく椅子に座り直すと、口元に当てていた手をゆっくりと外して、目を伏せる。

「すみません、咄嗟に三波さんのことを名前で呼んでしまって……」

小さく、絞り出すような声だった。

本当は、どうして名前呼びになったのかとか、「違う」って何が違うのかとか、全部聞きたかった。

でも、目の前で困っている詩音くんを見ていたら、それ以上言葉が出なかった。

「いいよ、名前で呼んでよ。親近感あって嬉しいし」

そう言って私は笑った。

私は何も気にしてない風に装う。

「それじゃあ、私は帰るね」

そう言うと、急いでエプロンを外し、くしゃっと丸めて鞄に押し込んだ。

「お疲れ様。明日から学校頑張ろうねー」

そう言って、呆然としている白田さんと、顔を伏せている詩音くんに軽く手を振ると、私は休憩室を後にした。

「あれから、詩音くんと白田さんはどうしたのかなぁ……」

お風呂場に、私の独り言が小さく響いた。

右手で鏡をひと拭きすると、湯気で曇っていた鏡が少しだけクリアになり、そこにはぼんやりと私の顔が映る。

(あの時、あと一言だけ勇気を出していたら、詩音くんは何て答えてくれたんだろう……)
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