あの日の風の、その続き〜戦う公爵令嬢と、王女が選んだ未来
「総長!リゼ様も!」
次の日の昼過ぎには第3騎士団に合流することができ、私たちの姿を見つけた団員たちが駆け寄ってくる。
「みんな、無事で何よりだ。戦況は?」
ゼンが、そう聞くと、団員たちは互いに目を見合わせた。
私はあの人の姿を探すけれど、見つからない。
団員の1人が、そんな私を見てなんて言ったらいいか、言葉を選ぶように口を開いた。
「あ……クロードが……」
「団長とクロードが、1番前にいたんです。でも突破された時、2人は俺たちに一度撤退するよう命令されて……。」
「クロードは、負傷し、動けない状況のようで、団長と数人の団員とともに、まだ前線に……」
その言葉を聞いた時、視界が、すっと落ちた。
音も、気配も、全部遠のく。
次の瞬間、リゼは走り出していた
団員やゼンがリゼを止めるようになにか叫んでいる。
でも、リゼにはなにも聞こえていなかったーー。
「クロード!!」
「……は?お前、なんで……」
リゼの姿を見て、絶望と怒りが混ざったような顔で固まるクロード。
クロードの姿を見つけ、その場に、力が抜けたように崩れ落ちるリゼ。
クロードが、怪我をした体を引きずりながらも駆け寄ってくる。
「なんできた!こんなところに!お前はっ……!」
そして、リゼの顔を見て、はっ、と言葉を止めた。
肩で息をしながら、
「……よかった。生きてた………っ」
そう言葉を溢すリゼの目に、涙が溜まっていた。
「……は?」
「……クロードが……はぁ、怪我をして動けないって、前線に残ってるって……聞いて……あんたが……あんたがいなくなるって思ったら目の前が真っ暗になって……気付いたら、走ってた……」
髪も服も乱れて、息を切らすその姿を見て、瞬間、クロードはその手を伸ばす。
そして、リゼの体を雑に、力強く引き寄せた。
何かを言いかけて、言葉にならない。
「……馬鹿野郎っ!」
クロードは、リゼを強く抱きしめていた。
その腕に、ぐ、と力が籠る。
「……クロード、痛い……」
そう言うリゼの声はか細く、しかしクロードの存在を確かめるようにそっとその背中に腕を回した。
「生きてた……。
本当に、生きてた……
クロード……生きてた……っ」
いなくなるかもしれない恐怖。
リゼが思い出したのはあの日のあの言葉。
"お前がいない世界で、俺はどうやって生きればいい。"
今、あの言葉が痛いほど胸に刺さった。
ーークロードがいない世界を想像できなくてーーー。
「立てるか。」
どのくらいそうしてたのか、いや、おそらくは一瞬の時間だった。
クロードの、自分を気遣う声に、リゼは涙を拭きながら顔を上げる。
「あんたこそ。怪我は?」
「大したことない。」
大したことない、そういいつつも、改めてクロードを見ると、その体はボロボロだった。
「動けないって……」
「もう治った。」
ふ、とリゼが笑う。
クロードは、照れ臭そうにリゼから顔を背けると、額から流れる血を乱暴に腕で拭った。
その目は、もう前を見ている。
敵兵が、見えた。
「私も戦う。」
リゼが腰の剣を抜く。
その姿をチラ、と見るクロード。
「無茶はするな。」
「大丈夫。」
そして諦めたように、はぁ、とため息をつくと、リゼの背中に自分の背中を合わせるように、立ち、
「足手纏いになるなよ。」
そう言って剣を構える。
「こっちの、セリフ。」
リゼもまた、剣を構える。
背中は、お互いが守る。
まだ敵は動いている。
だけど――
もう、足は止まらなかった。
その後、追ってきたゼンと、体制を整えた第3騎士団の活躍もあって、ロザリア軍は勝利を収めるーー。
ノース領とウエスト領が始めた国を巻き込んだ戦いは、数名の負傷者を出したものの、奇跡的にロザリア軍から死者を出すこともなく、終わった。
風が、静かに吹き抜けた。
血の匂いも、剣戟の音も、もう遠い。
揺れる草と、かすかな温もりだけが残っていた。
(終わった……)
そう思ったのに。
胸の奥には、まだ何かが残っていた。
言葉にならない想い。
隣にいる、クロードを見る。
――あの日と同じ風が、頬を撫でる。
ふと、思い出す。
無邪気に笑っていた、あの頃。
いつも一緒だった、あの場所。
リゼは、ゆっくりと目を閉じた。
ーーーー
ーー
「――エリシア様」
柔らかな声が、静かな部屋に響く。
窓辺に立つ少女が、振り返った。
揺れる金の髪。
差し込む光の中で、その姿はどこか遠く見える。
「……風が、気持ちいいわね」
そう言って微笑む。
その瞳は、どこか遠くを見ていた。