あの日の風の、その続き〜戦う公爵令嬢と、王女が選んだ未来
第二部 王女エリシア
--窓辺に、やわらかな光が落ちていた。
白いカーテンが、風に揺れる。
その向こうに広がる庭では、近衛騎士たちの訓練が行われていた。
剣がぶつかる音。
短い掛け声。
規則正しい足音。
その中に、見慣れた二つの姿がある。
青銀の髪が揺れる。
それを追うように、黒髪の青年が動く。
息の合った動き。
背中を預けるような距離。
言葉なんて、いらないみたいに。
「……相変わらずね」
小さくこぼれた声は、風にさらわれて消えた。
エリシアは、そっと窓枠に手を置く。
触れているのは、冷たい石。
けれど視線の先にあるのは、確かな温もりのある場所だった。
楽しそうに笑うリゼ。
それを見て、ほんの少しだけ口元を緩めるクロード。
その距離に、迷いはない。
(いいな)
ふと、そんな言葉が浮かんでしまって、
自分でも驚いた。
羨ましい、なんて。
そんな風に思ったことはなかったはずなのに。
「……変ね」
小さく笑う。
でも、その笑みはどこかぎこちない。
昔は、あの中に自分もいた。
名前を呼べば、すぐに振り返ってくれて。
当たり前みたいに、隣にいられた。
――けれど、今は違う。
立場も、距離も、すべてが変わった。
「エリシア様」
後ろから声がかかる。
振り返ると、侍女が一礼していた。
「本日のご予定ですが――」
「ええ、わかっているわ」
言葉を遮るように、静かに微笑む。
王女としての顔。
それは、もう随分と馴染んでしまった。
「……今日だったわね」
エリシアの、17歳の誕生日を祝う式典。
そして、夜には、王家主催の舞踏会。
もう一度だけ、と
エリシアは視線を窓の外へ向けた。
剣を交える二人。
その少し離れた場所に――
もう一人、立っている影。
青銀の髪
金色の瞳
誰よりも冷静で、誰よりも遠い人。
(……ゼン)
名前を呼ぶことは、しなかった。
呼んでしまえば、何かが崩れてしまいそうで。
ただ、見つめる。
届かない距離のまま。
まるで、最初から遠い人だったみたいに。
風が、そっと吹き抜ける。
カーテンが揺れ、光が揺れる。
あの日と同じ風。
何も知らなかった頃、ただ笑っていられたあの時間の名残。
エリシアは、ゆっくりと目を細めた。
"もう大丈夫だ"
そう言って、優しく頭を撫でてくれた、あの時の手の温もりを、思い出す。
「……好き。」
誰にも聞こえないほどの、小さな声。
けれどその言葉は、
誰にも届かずに、宙に消えた。
エリシアは、ふ、と諦めにも似たような笑みをこぼし、侍女の方へと振り返る。
もう一度、窓の外を見ることはなかった。
ドアへ向かって歩き出す。
その背中に、迷いは見せない。
王女としての一歩。
けれどその胸の奥で、
消えない名前が、静かに残り続けていた。
風が、また吹いた。
まるで――
あの日の続きを、そっとなぞるように……。