あの日の風の、その続き〜戦う公爵令嬢と、王女が選んだ未来



ーーー

ーー



きらびやかな音楽と笑い声が満ちる広間を抜け、エリシアはバルコニーへと出た。

夜風が、熱を帯びた頬をそっと撫でる。

昼間の式典の疲れも抜けないまま、夜の舞踏会。


せめて、束の間の息抜きをさせてほしかった。



「……ふぅ」


小さく息を吐く。


視線を戻せば、広間の中央。


ゼンが、令嬢たちに囲まれていた。


楽しげに笑い、言葉を交わすその姿は、どこから見ても“理想の貴公子”で。



――遠い人。

手を伸ばせば届きそうなのに、決して届かない人。



ふと、目が合った。

一瞬だけ、ゼンの表情が緩む。


エリシアは、ひらりと手を振った。

するとゼンは、ほっとしたように息をつき、そのままこちらへ歩き出す。

彼を囲んでいた令嬢たちは、その行き先にエリシアの姿を見つけると、慌てたように身を引いた。


バルコニーの扉が開く。


夜の静けさが、二人を包んだ。



「ふぅ。助かったよ。ありがとう」



柔らかく笑うその顔に、

胸の奥が、少しだけ痛む。


「……相変わらずモテモテなのね」


軽く返した言葉に、ほんの少しの棘を混ぜる。

それに気付いたのか、気付かないふりをしたのか、

ゼンは一瞬だけ言葉を探すように視線を揺らした。



そして、


「エリシア様。17歳の誕生日、おめでとうございます」


――その呼び方。

昔は呼ばれなかった距離の名前。

胸の奥が、きし、と傷んだ。




17歳。

この国では、大人とされる年齢。

2人の姉も、この年に婚姻した。


そして当然のように、

自分にも、縁談が来ている。



(知っているでしょう……?)



どうして、何も言ってくれないの。


――どうして。


昔みたいに、名前を呼んでくれないの。



「……」



言葉が出ない。

代わりに、じっとゼンの顔を見る。

何か言いたくて。

でも、何を待っているのか、自分でもわからない。



「エリシア様?」


不思議そうに呼ばれるその響きに、

胸の奥が、きゅ、と締めつけられる。



(その呼び方、やめて)



でも、言えない。

言えるはずもない。



「エリシアー!あ、兄様もいたのね!」



軽やかな声が、その空気を切り裂いた。

振り返ると、駆け寄ってくるリゼ。

水色のドレスに、肩までの青銀の髪。

どこから見ても公爵令嬢なのに、その笑顔は昔のまま変わらない。


「リゼ。ドレスを着て走るな」


ゼンはわざとらしく視線を逸らし、リゼに向き直る。

まるで、この場から逃げるように。


「クロードは一緒じゃないのか?」

「知らないわよ。どうしてみんなクロードの居場所を私に聞くわけ?」

うざったそうにそう言って首を振るリゼに、エリシアは笑う。


「あなたたちいつも一緒にいるじゃない。」


「あいつがついてくるのよ。」


それより、とリゼ。


「兄様、向こうにリリアンがいたわよ!」


その名前が出た瞬間。

ほんのわずかに、ゼンの視線が揺れた。


(……ああ)


わかってしまう。

追いたくなんてないのに、その視線の先を、追ってしまう。

そこにいるのは――

かつて、ゼンが好きだった人。


今は、侯爵夫人となった女性。



『好きよ、ゼン。大好き!』



幼い日の、自分の声。



『ありがとう、エリシア。でも、ごめん。好きな人がいるんだ』



困ったように笑っていた、あの時のゼン。


(……まだ、好きなの?)



そう思った瞬間、息が苦しくなった。

胸の奥が、きし、と音を立てた気がした。




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