あの日の風の、その続き〜戦う公爵令嬢と、王女が選んだ未来
季節が春から少し進んだ頃。
「初めまして。ユリウス・ブラウンと申します。」
栗色の髪に、水色の瞳。
柔らかく揺れる髪と、穏やかな笑み。
彼はリゼの前に膝をつき、その手を取ると、そっと口づけた。
女性扱いは、嫌いなはずだった。
けれど――
(……嫌じゃない)
「噂はかねがね。女性でありながら、その強さは騎士団随一だと。」
「お会いできて光栄です。……ですが、それ以上に」
一度言葉を切る。
「想像より、ずっと美しい方だ。」
まっすぐな視線。
飾りのない言葉。
思わず、リゼは言葉を失う。
「……っ」
その頬が、わずかに染まる。
「……ど、どうしようゼン……リゼが照れてるわ……」
小声で慌てるエリシアに、ゼンは苦笑した。
「好きにさせてやれ。」
(本当に、これでいいのか……?)
視線を向ける。
少し離れた場所で、クロードが二人を見ていた。
何も言わず、ただ静かに――目を逸らす。
そして、そのまま背を向けた。
「見たか?リゼ様の縁談相手。」
「見た見た。すげぇまともな貴族って感じだったな。」
「お似合いじゃねぇか。」
「……おい。」
低い声。
振り返った団員たちは、言葉を失う。
「クロード……お前、顔怖すぎ。」
誰も、それ以上は何も言えなかった。
――――
「そうなんですね。ではエリシア王女とは幼馴染で。」
「ええ。」
城の廊下。
ドレス姿のリゼが、ユリウスと並んで歩いている。
その光景を、クロードは見てしまった。
(……なんで笑ってる)
(なんで、そんな顔してる)
胸の奥が、ざわつく。
「クロード。団長が呼んでる。」
呼びかけに、はっとする。
視線を切るように、その場を離れた。
――――
その夜。
エリシアの部屋。
暖炉の火が揺れる中、リゼとエリシアはアルバムを広げていた。
「ねぇ、覚えてる?これ。」
「もちろん。この時、怒られてエリシア泣いちゃったのよね。」
くすっと笑う。
「バルコニーからカーテンを吊るして庭に降りようとしてるところが見つかっちゃって。」
「エリシアがやってみたいって言ったんじゃない。私は止めたわよ。」
「違うわ。この時、あなたが先にやって見せたのよ。あなたとクロードが先に庭に降りていて、私が続こうとしたところで見つかったのよ。」
「……そうだっけ?」
「そうよ。ゼンは笑って見てたわ。止めてくれてもいいのにひどいわよね。」
「兄様らしいわね。」
思い出話をしながらアルバムをめくる。
懐かしい時間。
「リゼは昔から強かったわよね。」
「クロードにいつも勝ってた。」
「あいつが弱かったのよ。
でも兄様には一度も勝てなかったな。」
「ゼンは強いもの。」
「なんでエリシアが自慢げなの。」
笑い合う。
けれど、その空気は少しずつ変わっていく。
「……楽しかったわね。この頃。」
「ただ一緒にいて、笑っていられた。」
エリシアがそう言って、少し寂しそうに微笑む。
「……そうね。」
少しの沈黙。
エリシアが、まっすぐリゼを見る。
「縁談……進めるの?」
「……いい人よ。」
即答ではなかった。
「……クロードのことは?」
一瞬、空気が止まる。
「なんでクロード?」
「関係ないでしょ。」
言い切る。
けれど――
その声は、わずかに揺れていた。
エリシアはそれ以上言えなかった。
(……本当に?)
その問いだけが、胸に残る。
コンコン。
「エリシア様、湯浴みの時間でございます。」
「あ、もうそんな時間。」
リゼは立ち上がる。
「今日はもう帰るわ。」
引き止める間もなく、部屋を出ていく。
その閉ざされた扉を見つめながら、エリシアは小さく息を吐いた。
何も言えなかった。
言ってはいけない気がした。
けれど――
(このままじゃ、ダメな気がする)
暖炉の火が、静かに揺れていた。