ORANGE×BOY
それでも表情には出さず、何食わぬ顔で店内へ入る。
自動ドアが開いた瞬間にひやりとした冷気が頬にあたり、ようやく少しだけ肩の力が抜けた。
「……ふぅ」
とにかく急ごう。
スイーツコーナーへと向かった。
色とりどりのゼリーやシュークリームが並ぶ棚の真ん中。
そこには、『期間限定!』と手書きのポップが大きく張り出されている一角があった。
棚の奥を見つめると、神様が味方してくれたのか、目当てのピスタチオ味のプリンが、まるで咲良を待っていたかのように、ぽつんと一つだけ残っていた。
「あった……!」
咲良は嬉しさに胸を弾ませ、その最後の一個へとそっと手を伸ばした。
たったそれだけのことで、さっきまでのブルーな気分が嘘みたいに消えて、少しだけ機嫌がよくなるのだから、我ながら現金なものだと思う。
咲良は大事にプリンを抱え、レジへと向かった。
お会計を済ませて小さなビニール袋を受け取り、ふと、ガラス窓の向こうの駐車場へと視線を向ける。
――まだ、いる。
さっきの男子たちは、相変わらずバイクの周りで楽しそうに談笑していた。
「うそー。……早く出たいんだけどな」
心からそう思ったけれど、このまま店内に引きこもっているわけにもいかない。
咲良は「大丈夫、いつも通りに無視すればいいだけ」と自分に気合いを入れ、意を決して自動ドアの向こうへと一歩を踏み出した。
ピピッ、と電子音が響き、自動ドアが開く。
外に出た瞬間、どこか温かさを孕んだ風が、長い黒髪をふわりと優しく揺らした。
けれど、その心地よさに浸る隙なんてなかった。
まるで咲良の登場をずっと待っていたかのように、たむろしていた三人の中から、一人の男子が真っ直ぐに歩み寄ってきたのだ。
「ねえ、君。――今、ひとり?」
低すぎず高すぎない、どこか耳あたりのいい、穏やかな声だった。
思わず見上げると、そこに立っていたのは、光に透けるような綺麗なアッシュグレーの髪をした男の子だった。
片方の耳たぶには、小ぶりな銀色のわっかのピアスがふたつ、綺麗に並んで揺れている。
顔立ちは驚くほど整っていて、こちらを見つめる目元は、どこか人当たりの良さを感じさせるように柔らかい。
見た目の雰囲気は完全にヤンキー寄りなのに、話し方や佇まいだけは、妙に紳士的だった。
咲良は一瞬だけそのギャップに面食らってしまったけれど、すぐに心の盾を構え、いつもの愛想のいいよそ行きの笑顔を張り付かせた。
「あー、ごめんなさい。これから塾があるので、急いでいるんです」
「そっか。じゃあさ、そこまで送ろうか? 変な奴らに絡まれたら危ないし」
「いえ、本当に結構ですー」
(…それは、あなた達のことでは?)
「はは、即答だね。冷たいなぁ」
「本当に急いでるので。失礼します」
彼が苦笑いするのを横目に、咲良はひらりと言葉をかわし、これ以上の追撃を許さないスピードでその場を去ろうとした。
――まさに、そのときだった。
ブロロロロ……と、アスファルトを震わせるような、低く重いエンジン音が通りの向こうから近づいてきた。
一台の大きなバイクが、傾きかけた夕方の光を鋭く切り裂くようにして、滑らかな動きでコンビニの駐車場へと滑り込んでくる。
「あ、蓮じゃんー!やっと来た!」
「おせーよ、待ちくたびれたわ!」
「蓮?遅かったね。」
咲良の前に立っていたアッシュグレーの彼も含め、たむろしていた男子たちの声が一斉にそのバイクの方へと向いた。
咲良もそのあまりの賑やかさに、つられてそちらへと顔を上げてしまう。
ヘルメットを外し、バイクからゆっくりと降り立ったその人の姿を見た瞬間。
回っていた世界の時計が、ほんの少しだけ、音を立てて止まった気がした。
西日に照らされて、乱暴なほどに鮮やかにきらめく金色の髪。
切れ長の涼しげな目元と、どこか世界を退屈そうに見つめる気怠げな表情。
(……あ、の、時の……っ!?)
咲良の心臓が、ドクンと大きな音を立てて跳ね上がる。
忘れるはずがない。
昨日の夕暮れ、あの薄暗い空き地で、追ってきたヤンキーたちを圧倒的な強さでなぎ倒した、あの金髪の高校生。
茉那が昼休みに「この学校でいちばん有名な不良ヤンキー」だと言っていた、おそらく"綾瀬 蓮"が今、咲良の目の前に立っていた。
「わりー、遅くなった!」
降りてきた彼に対して、周りの男子が「コンビニ寄るっつったのお前じゃん」と文句を言う。
そんな雑音さえ、今の咲良の耳には届かなかった。
夕方の光の中で、金髪を揺らした先輩の視線が、ゆっくりとこちらへ動く。
そして、咲良の姿を捉えた瞬間、彼の綺麗な瞳が、ほんの少しだけ驚いたように見開かれた。