ORANGE×BOY
放課後の空は、まるで誰かが水色の絵の具を薄く引き延ばしたみたいに、すっかり春の色をしていた。
青く高い空の端っこで、白い雲が申し訳程度にほどけている。
夕方と呼ぶにはまだ早すぎる時間で、世界全体が薄手のガラス越しに見るような、透き通った光に包まれていた。
校門を出た咲良は、肩にかけたスクールバッグの紐を無意味に持ち直しながら、今朝の記憶の引き出しをひっくり返す。
――そうだ、
今日から期間限定の。
朝のニュース番組の合間に流れていた、やけに色彩の派手なCM。
新作のスイーツは、ピスタチオ味のプリンだったか、あるいは少し高級なポテトチップスだったか。
咲良の大雑把な記憶力はそこまで正確に機能してくれなかったけれど、とにかく“期間限定”という四文字が持つ魔力だけは、しっかりと脳の片隅にへばりついていた。
つまり咲良は、甘いものが大好きだった。
もっと正確に言えば、「頑張った一日の終わりにコンビニで買う甘いもの」というシチュエーションがまた好きだった。
それは日常に紛れ込ませる小さな免罪符のようで、ほんの少しだけ自分の機嫌を上向きにしてくれる。
「……よし!寄っていこ!」誰も聞いていないし、誰も気にしていないのに、咲良はわざわざ声に出して呟いた。
そうして、駅前のコンビニへ向けてローファーの爪先を向ける。
夕方前のコンビニは、外から見るとガラスが太陽の光を凶器みたいにきらきらと反射させていた。
自動ドアの向こうには、冷えた空気と、少し硬そうなパンの棚と、健康に悪そうな色とりどりのパッケージが並んでいるはずだ。
ただ、その聖域にたどり着く前に、私の足はアスファルトに縫い付けられることになる。
「(……うわ、最悪)」
声には出さず、心の中でだけ、私は盛大に顔をしかめた。
コンビニの駐車場には、3人ほどの男子高校生が、まるでそこが自分たちの領土であるかのようにたむろしていた。
地べたにしゃがみこんでスマホの画面を凝視している者、誰のものかもわからないバイクのシートに偉そうにもたれている者、笑い声をあげながら炭酸飲料を回し飲みしている者。
義務教育の教科書に「近づいてはいけない集団」として掲載できそうなくらい、彼らは一目でそれと分かる空気を纏っていた。
制服はだらしなく着崩され、髪の毛はピンクブラウンやら、アッシュグレーやら…スーパーに陳列された果物みたいにそれぞれ明るい。
耳元で小さく光るピアスが、彼らの不真面目さをこれでもかと主張している。
「……また、このパターンか」
咲良は小さく息を吐き出す。
心底うんざりしたけれど、ここで踵を返すのは、なんだか彼らに負けたような気がして猛烈に癪だった。
なにより、目的の期間限定商品が他の誰かの胃袋に収まってしまうかもしれないと思うと、そっちの方がよっぽど悔しい。
それに、彼らのような生き物が、咲良のような地味で無害な人間に興味を持つはずがないのだ。
気づかれないように気配のボリュームを最小限まで絞って、さっと入って、さっと出ればいい。
そう自分に言い聞かせ、世界の背景の一部になったつもりで前を通り過ぎようとした、その瞬間だった。
「お、今の子マジ可愛くね?」
「え、ほんとだ。紫陽花学園の制服じゃーん」
「あんな子、うちの学校にいたっけ?」
「ねね!ちょっと声かけようよー」
鼓膜に飛び込んできたのは、彼らの「ひそひそ話」という概念を疑いたくなるような、遠慮のない音量の声だった。
咲良の心臓が、一瞬だけ嫌なリズムで跳ねる。
それでも咲良は、顔の筋肉を器用にコントロールして、絵の具で描いたようなおすまし顔をキープした。
心の中では、広辞苑の厚みくらいある盛大なため息をついている。
――はいはい、またですか。
彼らの視線を全身に浴びながら、咲良は何食わぬ顔で自動ドアのセンサーを裏切る。
開いたドアの隙間から、容赦ない冷気が頬を叩いた。
エアコンの効いた店内に一歩足を踏み入れた瞬間、ようやく咲良ら自分の肩がガチガチに強張っていたことに気がついた。
青く高い空の端っこで、白い雲が申し訳程度にほどけている。
夕方と呼ぶにはまだ早すぎる時間で、世界全体が薄手のガラス越しに見るような、透き通った光に包まれていた。
校門を出た咲良は、肩にかけたスクールバッグの紐を無意味に持ち直しながら、今朝の記憶の引き出しをひっくり返す。
――そうだ、
今日から期間限定の。
朝のニュース番組の合間に流れていた、やけに色彩の派手なCM。
新作のスイーツは、ピスタチオ味のプリンだったか、あるいは少し高級なポテトチップスだったか。
咲良の大雑把な記憶力はそこまで正確に機能してくれなかったけれど、とにかく“期間限定”という四文字が持つ魔力だけは、しっかりと脳の片隅にへばりついていた。
つまり咲良は、甘いものが大好きだった。
もっと正確に言えば、「頑張った一日の終わりにコンビニで買う甘いもの」というシチュエーションがまた好きだった。
それは日常に紛れ込ませる小さな免罪符のようで、ほんの少しだけ自分の機嫌を上向きにしてくれる。
「……よし!寄っていこ!」誰も聞いていないし、誰も気にしていないのに、咲良はわざわざ声に出して呟いた。
そうして、駅前のコンビニへ向けてローファーの爪先を向ける。
夕方前のコンビニは、外から見るとガラスが太陽の光を凶器みたいにきらきらと反射させていた。
自動ドアの向こうには、冷えた空気と、少し硬そうなパンの棚と、健康に悪そうな色とりどりのパッケージが並んでいるはずだ。
ただ、その聖域にたどり着く前に、私の足はアスファルトに縫い付けられることになる。
「(……うわ、最悪)」
声には出さず、心の中でだけ、私は盛大に顔をしかめた。
コンビニの駐車場には、3人ほどの男子高校生が、まるでそこが自分たちの領土であるかのようにたむろしていた。
地べたにしゃがみこんでスマホの画面を凝視している者、誰のものかもわからないバイクのシートに偉そうにもたれている者、笑い声をあげながら炭酸飲料を回し飲みしている者。
義務教育の教科書に「近づいてはいけない集団」として掲載できそうなくらい、彼らは一目でそれと分かる空気を纏っていた。
制服はだらしなく着崩され、髪の毛はピンクブラウンやら、アッシュグレーやら…スーパーに陳列された果物みたいにそれぞれ明るい。
耳元で小さく光るピアスが、彼らの不真面目さをこれでもかと主張している。
「……また、このパターンか」
咲良は小さく息を吐き出す。
心底うんざりしたけれど、ここで踵を返すのは、なんだか彼らに負けたような気がして猛烈に癪だった。
なにより、目的の期間限定商品が他の誰かの胃袋に収まってしまうかもしれないと思うと、そっちの方がよっぽど悔しい。
それに、彼らのような生き物が、咲良のような地味で無害な人間に興味を持つはずがないのだ。
気づかれないように気配のボリュームを最小限まで絞って、さっと入って、さっと出ればいい。
そう自分に言い聞かせ、世界の背景の一部になったつもりで前を通り過ぎようとした、その瞬間だった。
「お、今の子マジ可愛くね?」
「え、ほんとだ。紫陽花学園の制服じゃーん」
「あんな子、うちの学校にいたっけ?」
「ねね!ちょっと声かけようよー」
鼓膜に飛び込んできたのは、彼らの「ひそひそ話」という概念を疑いたくなるような、遠慮のない音量の声だった。
咲良の心臓が、一瞬だけ嫌なリズムで跳ねる。
それでも咲良は、顔の筋肉を器用にコントロールして、絵の具で描いたようなおすまし顔をキープした。
心の中では、広辞苑の厚みくらいある盛大なため息をついている。
――はいはい、またですか。
彼らの視線を全身に浴びながら、咲良は何食わぬ顔で自動ドアのセンサーを裏切る。
開いたドアの隙間から、容赦ない冷気が頬を叩いた。
エアコンの効いた店内に一歩足を踏み入れた瞬間、ようやく咲良ら自分の肩がガチガチに強張っていたことに気がついた。